第2話 鳥籠通り
妹のキョンシー。妹の遺体に宿る少女、メイメイを拾って一週間がたつ。
「ご主人、鳥籠がいっぱいあるよ!」
「俺は、主人じゃねえって」
「いいや! ご主人だね!」
何者とも知れないメイメイを家に置いておくのも心配だった。一人でいるより街中でのカモフラージュには使える。そう思って連れてきたが、メイメイは見たこととの無い景色に目を輝かせている。メイメイは俺の言葉には従うから目を離さなければ心配はない。
此処は、バード・ストリート。またの名前を鳥籠通り。
観光客向けに霊鳥を売る街。通りには所せましと鳥籠が並ぶ華やかな通りだが、ハリボテの店の裏は他のスラム地区と遜色ないバラックだ。盗品の市場や屋台も軒を連ね小さな縁日のようだ。仙理は虚飾の街、セントラルの華やかな巨大建築の内部も人口過密により独房のような部屋が何万戸と溢れている。狭い空がみえるだけ鳥籠通りはまだマシなほうだ。
店員が鍵をかけ忘れた鳥籠から霊鳥が飛び出しビルの谷間から空を目指す。
「逃げちまった、何処にも行く当てなんて在りはしないのに……」
店員は
妹の身体に宿るメイメイも似たようなものなのかもしれない。誰かが目的を持って、瞑の身体にメイメイの魂を宿した。その目的は未だ分からない。
俺の妹、瞑は当世最高峰の才覚を見出され、神童と呼ばれた。溢れる陰陽の気は俺が扱える五行を超えた原初の仙気。学院を2つ飛び級で主席卒業、俺は次席だった。
妹には、輝かしい未来が約束されていたはずだったのに――
「お、冷たそう。美味しそうだなご主人!」
「鳳凰の欠片って噂だ。触ってみるとほんのり熱い」
夢を見せておく。こんなん初歩の初歩の式だ。
道士崩れが観光客向けにやってる詐欺の一つだ。
あんまり騒いでるとカモられるっつーの。
「おじさん! これ頂戴よ!」
鳥屋の店員は営業スマイルを浮かべる。
「んー、嬢ちゃん可愛いから、まけて5000嶺だ」
ありえねえだろ。薄利多売ならまだわかるがこれは暴利すぎる。
「はあ? こんな薄ぼんやりした霊鳥が5000嶺?」
「なんだあ? 兄ちゃんのツレか? 仙理の人間なら商売の邪魔はやめてくんねえか?」
まあ確かに、こいつもコレで食ってんのか?
観光客がメインで行くのはセントラルか港。または白虎嶺の麓で自然探索か、軍事マニアは玄武要塞のツアー。郊外のスラムに来る物好きの母数はそれ程多くは無いだろう。ここはまだ安全な方で、暇をもてあました長期の旅行者や新しく来た移民が住居を探しに来る位だ。ビジネスが目的の金持ちはそうそう来ない。
「悪かったよ、俺は買わねえけど。こいつは知らん」
満面の笑みで店員はメイメイに語り掛ける。
そもそもコイツ、金なんて持ってるのか?
「嬢ちゃん、せっかく仙理に来たんだ。霊鳥は買っていかないと!」
「うーん、ボクお金ないので!」
珍しそうに霊鳥を見るメイメイを観光客だと思ったんだろうが、コイツは外国人どころか人外だ。金なんて持ち合わせていない。店員は黙って視線も合わせなくなる。気持ちは分かるがガキに大人気なさすぎだろ。メイメイは涙目で語りかけている。
「嘘! 嘘! 拾ったコインなら10嶺だけ」
店員はだんまりだ。メイメイは地面を見て小銭を探し始める。
見た目は16の少女なのだからその行動はちょっとアウトかもしれない。
俺もスラム育ちだから気持ちは分からなくはないが……
「そうだ! 冥銭なら幾らかある」
冥銭とは、埋葬時に死体に手向ける彼の世の通貨。まじないの一種である。懐から古ぼけた紙を出すメイメイを店員は怪訝な顔で見る。現世のレートじゃそれは無価値だ。
「わかったよ、霊鳥ぐらい俺が作ってやる」
「ご主人も作れるの? DIYってやつだね、ボクはDIEだけど」
静かにしてほしい。
「自分で創る」と「ボクは死んでます」じゃ大違いだ。
深呼吸をして鳥をイメージする。放射状の拡散する羽、長いくちばし。
サイズはデカい方が便利か?言語認識。位置補足。簡易護法。
「羽化登仙、化靈為鶴、飛翔天地」
手を天に伸ばすと見事な霊鳥が手の甲に留まっている。
「……これでも1000嶺がいいとこだぞ」
化学調味料たっぷりのラーメン一杯と餃子一皿って位だ。
1m程の霊鳥はメイメイの元に飛び立ってゆく。淡い燐光でできているものの毛先まで精密に描写されている。店員は悔しそうに下唇を噛む。
「営業妨害だ、こんな店でもケツモチくらいいるんだからな?」
「……怖いなそりゃ、禍陰の連中か?」
あからさまに店員の顔が引きつる。
「おい! そう安易にその名前を出すもんじゃねぇ!」
「……そっか、知り合いかと思ったんだが」
店員の顔が青ざめていく。別にビビらせる気はなかった。
仙理黒社会の一大勢力「
命とか、尊厳とか、人間性とかそう言う大事なモンを切り売りする商売。
飯を食うみたいに命を奪って、飯作るみたいに薬を捌いて、女を女衒に売り渡す。
男も子供もたまに売る。鳥を売ってるだけのアンタの方がマシだ。
だから、たまにこうしていい奴のフリをする。
バランスをとる。まともなフリをしてみるんだ。
「これやるよ、迷子になったら鳥に言え」
「主! ……なんか最近優しいのかも!」
メイメイは跳ねて喜ぶ! くるくる回りながら鳥と戯れる姿は正直愛らしい。
優しさじゃない、態度を決めかねているというのが正しい。
一旦、家に連れ帰って適切な対応を考えた。妹の死体が黄泉還って。キョンシーで、中身は別の何かでって……
そう簡単に整理できる状況じゃない。黙らせておけば永遠に黙ってる。一日ほおっておけば動かなくなる。どの位放置できるのか。それを確認しようとしたが、動かなくなるのが怖かった。妹の死体なんて二度も見たくない。
霊鳥はメイメイの肩に留まっていた。邪な存在に霊鳥は近づかない。その証拠に俺の作り出した霊鳥は俺から逃げるようにメイメイの元に飛び立っていった。
「ちょっとー、痛いって! もうやめてよ、痛い。……痛いって言ってるでしょ!」
キレるメイメイ、周囲を飛び回る霊鳥につつかれてる。邪なのか懐かれているのか分からない。霊鳥は邪なもの、近づく脅威に対して警戒心が強い。
バード・ストリートの色とりどりの霊鳥が一斉にざわめき始める。
通りの奥から見知った女が歩いて来る。
漆黒のスリットドレス、ロングヘアと切り揃えられた前髪。
かき上げた耳に無数のインダストリアル。鋭い眼光が赤い色眼鏡から覗く。
額に眼鏡をあげると、片目を閉じてこちらに合図する。
「今日も賑やかな通りだね、閉じ込められちゃって可哀そうに」
狐のように眼を細め、籠の隙間から霊鳥に触れようとすると霊鳥は金切り声をあげて威嚇する。
「……藍英、アンタどうしてこんな所に」
店主、ビビるなら今だ。美人なねーちゃんだなって顔してるんじゃねえ。
「……割と好きなんだ、騒がしいの」
「……アンタが来るまでは結構静かだった」
藍英は空を仰ぎ、口元に指を当て、そっかーみたいな顔をする。
「……きっと、歓迎されているのかも!」
その逆だ、仙理黒社会の3/4を手中に収める「禍陰」幣主代行・
まるで只の二十歳の女かのように眩しい笑顔で嗤っている。
「何しに来た?」
「えっとねぇ~? 錬君に頼みたいことがあってぇ~」
ぶりっ子に怖気が走る。こちらが苛立つこと込みでやっているのが腹立たしい。
要件をさっさと言え。ほんの一瞬。眼光が鋭さを取り戻す。
「最後の仕事だよ」
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