仙理異聞録 - Xianli Chronicles
夜灯見灯夜
第1話 霹靂少女
誰かが言っていた、夢は夢のまま叶う事は無い。「
異常気象と海面上昇、資源の枯渇による世界規模の文明の衰退が起きている最中。
風水と龍脈資源の加護を受けた港湾都市国家「
セントラルでは高層ビル群が岩山のように切り立ち、鏡張りのビルディングが互いを牽制し合うように姿を映し合う。鏡と鏡が創り出す夢幻の如く拡大する都市群。
流入する他国からの移民や観光客、租税回避政策によって国外の新興企業が入り乱れ、あらゆる人種が住まう世界の縮図だ。
近年これほどの発展を遂げた国家は唯一、この仙理だけと言ってもいいだろう。
目覚ましい発展の裏には人口の増大と過剰な経済格差が存在する。
近代化に伴って都市周縁と地下のスラムも拡大していった。
富裕層は、最新鋭の科学と道術の恩恵を欲しいままに享受するが、スラム群は国家の統治も及ばない無法地帯。不法移民や薬物中毒者、
現実逃避の為のロマンス映画。映画館代わりのネットフリークス。
退屈な日々を彩るブルーライト。逃避の為の物語。
運命の大恋愛より、経済的に妥当な婚約者。
高級なダイナーで満たせる空腹も1ドルのスナックで事足りる。
効率的なのはカプセル剤だ。栄養を摂るならこれで十分だし夢を視られるやつもある。それを売って金に換えるのがスラムでの現実的な
エフェクトに彩られたインスタントな美しさは造られたものに過ぎない。
此処にあるのは見てくれだけの綺麗な嘘と狂った現実だ。
夢は夢のまま叶う事は無い。
俺もそう思う、夢は夢のまま、「邯鄲かんたんの夢の如し」だ——
今日は龍脈の太極期、
「黄龍事変」神獣を依り代に人工の龍脈を創り出す禁忌を犯して尚。その不可思議な力に頼っている。全てを忘れて、神秘の力を崇め、享受する。忘却と冒涜、この街だけじゃない。
瞑は道術を極め医学の最高嶺、鳳凰院へ。100年に一人の神童と語られメディアにも積極的に取り上げられた。だが現在、瞑を覚えている人間など誰もいないだろう。
不都合な現実、鳳凰院が救えなかった才気ある少女の死は公表すらされていない。
終わらせる。誰かを蹴落としてでも、ギリギリ一般人の地平に縋りつく――
さぁ、くだらない乱痴気騒ぎは任務には好都合。これが最後の仕事だ。市街地は通行止め、地下駐車場に人の気配はない。只一人の標的を除いて。裏路地から逃げ場のない地下に追い詰め、油断した隙に引き金を引くだけ。
獲物が自ら吠え、
「
……返す言葉もない。
驚くほどわかりやすい命乞い、こう言い出す奴は大体金なんか持ってない。甘言に踊らされて、結社から金を持ち出した不届きもの。
「高そうな」スーツも「高そうな」腕時計もサングラスも中古か偽物の見栄っ張り。本物はいとも自然にそれらを身に付ける。コイツはセンスもチグハグだ。
「最後の仕事」は随分としょうもねえ、くだらねえ。俺にピッタリだ。
――さっさと幕引きといこうか。
死んだ妹の医療費を稼ぐ為の汚れ仕事。これからは黒社会から足を洗って俺は真っ当に生きる。余った金でワンルームを借りる。結社の手配した家は広いが落ち着かない。
栄養剤じゃない、本物の動物性油脂たっぷりのラーメンを喰う。
「完全」全自動洗濯機を買う。いい生地の一生もののジャケットを着る。
高速の量子ネット通信環境で最高画質のブロックバスター映画を見て涙する。
隙間産業で小規模なビジネスを始める。小金で賃貸を始めて不労所得が少し入る。
そういう現実的で一般的な幸せを享受する。
カーブミラーで後方と周囲を確認する。追手はいない、一般人の出入りも無さそうだ。地上の祭り騒ぎも微かにしか聞こえない。空調の排気音だけが五月蠅く響き渡る。鏡に映るのはダークスーツに道服を雑に羽織った
黄金色の
火行の術式を織った呪弾を込め、照準を合わせる。
「
宝器、仙力の”増幅機関”《アンプリファイア》。
一撃で仕留める——
狙い澄ましたその時、照準の先に一人の少女が現れる。
咄嗟に反らした火龍弾の業火が天井を打ち抜く。
上階から悲鳴が聞こえたが知ったことか。こっちは2万嶺の大損だ。
——少女の気配など全く感じなかった、殺害対象と俺だけだったはずだ。
「神は俺を見捨てなかった!」そう言い放つと男は少女の肩を掴み額に銃をあてる。宝器でも何でもない護身用の銃だが人間一人殺すのに必要十分だ。
「出てこい! ……この子の命がどうなってもいいのか?」
退屈な展開だ、お言葉通り出て行ってやる。
己を狙わない銃口に恐怖など覚えるはずがない。
「ソイツの命が金になんのかよ、悪いがオッサン、俺が躊躇するとでも?」
少なくともこの近距離で俺が外す可能性はゼロに等しい。すぐにでも頭を打ち抜ける。照準が俺に向いてないならむしろチャンスだ。少女には隣でスイカみてえに頭がふっ飛ぶトラウマを与える事になるが命と天秤にかけて容赦してくれ、お前の運が悪いんだ。
照準を男に向け注意深く歩を進めていく。
「貴様、血も涙もないのかっ!」
「ないように見えてんならブランディングは大成功だ」
涙はとうに枯れ果てた。血を流すのはテメーだろ?
男は少女の被っていたフードを剥がし、髪を掴むと頭に銃を押し当てる。
「……お前も命乞いしろ! 助けてくださいって懇願するんだ!」
良く喋る男だ。隙間から差し込む月明りが少女を照らす。
少女は男を睨みつける。昏い目、生気を感じない瞳。
あの目を俺は昔見たことがある。
そう何度も。来る日も、来る日も。来る日もだ――
俺がこの世で一番視た瞳だ。そして二度と見ることのないはずの瞳。
絹糸のような髪も、白い肌も。死んだ”
手が震え
嘘だ、あの貌は”瞑”なのか?
睨んだ時の瞳はまるで、俺を責めているかのように観えた。
膝を突き、肩を落とす。
――俺はあれを打てない。
「血も涙もあったようだな? さっきまでの威勢はどうした?」
男はにやにや笑いながら金歯を覗かせる。
興奮で震える手では俺に当たる確率は低い、その構えは経験者のそれじゃない。
護身用の小銃は製造国すら知れない代物だ。宝器ですらない。
男に対する脅威はまるで感じなかった。死んだはずの瞑が何故此処にいる?
「人質が少女で助かったよ、コイツも後で売れば金になりそうだ」
勝利を確信した男は興奮気味に話し始める。
さっさと撃てばいい。どうせ急所には当たらない。
――冷静さを取り戻してきた。相手が攻勢に出たタイミングで接近して仕留める。少女が瞑であるはずがない。瞑は死んだんだ。二度と戻って来ない。
相手は素人。予備動作で見切って、簡易結界で弾道を反らすのは容易だろう。
「なかなかの上玉だ、撃ってくれるなよ? 後で大廈の娼館に売り飛ばす」
――少女が嗤った。
その笑顔は瞑が力を失ってから
「そ! ボクってば可愛いでしょ~、この体には感謝しないとねっ」
豆鉄砲でも食らったような顔から、男はぎこちなく微笑む。
男の虚を突き少女は男を指先で軽く小突く。少女一人の指先の力で男は体勢を崩す。
「は?」
刹那だった。瞑に似た少女は脚を振り上げ、銃を弾き飛ばす。
回転し飛んだ銃は乗用車の窓ガラスを割り暴発。
その発砲音に驚く男に見事な踵堕としを決めると男の身体はコンクリートの床面にめり込む。
既に男は意識を失っていた。複雑骨折どころじゃないだろう。
「――確かにボクは美少女だけど、キミのものじゃない」
床に反射させた勢いのまま人間離れした跳躍力で少女は天井をえぐり捕まる。
「……喰ってもいいよね。腹が減っては戦はできぬし、戦をしなけりゃ腹が減るっ」
少女の牙と爪が伸び、額に呪符が顕現していた。
蒼く光る眼は仙気を帯び、飢えた獣を連想させる。暗闇で光る獣の瞳。
銃を拾い、震える照準を合わせる。
もし自分も狙うなら俺はこの引き金を引かなくてはいけない。
幻術の類か龍脈から迷い込んだ
溢れる仙力は並みの道士を遥かに凌駕している。
――まるで、瞑みたいだ。
いずれにしても趣味の悪い冗談だ。撃っても効く気がまるでしねえ。
「……やめろ、その姿で人を喰うとこだけは視たくねえ」
そう言葉に出すと呪符が光を帯び、少女が身体に帯びていた仙気の流れが収まる。
「……あれっ? おなかすきすぎで動かなくなっちゃった?」
少女が帯びていた仙力が切れ、天井から落ちる少女を思わず抱きかかえる。
重い、瞑よりずっと重い。まるで鉄塊でも運んでるみてえだ。
「……重い、クソ重い」
着やせしてんのか? この真夏にフード付きのパーカーを着ているが、実は太ってるとかじゃない。何かしらの術式が働いている。
「し、失礼な! 割と傷つくっ! ボクは太りも痩せもしないってのに!」
口は効けるみたいだ。しかも結構饒舌――
ここまで自我がある乱神は厄介かもしれない。
「痩せない! 太ってるんだとしたら……その、困る!」
青白い肌が、人並の色になる。一応照れている?
それはそれとして、「五月蠅いから、黙ってろ!」
「んーっ! ん、ん~~!」
口を閉じてわざとらしく呻く少女にいら立つ。何者なんだコイツ? 精巧なニセモン? 誰が何のために? 潤む瞳を覗くと泣き
「……率直に聞く、何だお前は?」
「んー、んー!」
ため息をつく。わざとらしいんだよ。
だが、少なくともこちらに敵意はないようだ。
「……なんなんだよ、もう普通に喋っていいぞ」
「——っぷはぁ! ……重いんなら降ろしてよね!」
少女が地面に脚をつくと、アスファルトに亀裂が入る。
むっとした顔で自分が重いのを自覚する少女。
涙目で俺をまっすぐに睨みつける瞳は、瞑のものとは違っていた。
蒼い霊気を帯びた瑞獣を思わせる眼差し。
「ボクはメイメイ! キョンシーのメイメイだ!」
キョンシーは古呪の1つ。
屍を媒体に仙力を込め操る、現代では倫理上禁じられた術だ。
少なくとも俺が学院で習ったキョンシーとは別物のようだ。
キョンシーはこんなに動けない。口も効かない。
只の血に飢えた怪物のはずだ。
じっとこちらを見てくる。名乗れということか?
「……
名前を伝えると少女の顔がぱっと明るくなる。とても今ここで人間を一人殺めた者の顔だとは思えない無垢な眼差し。
「レン! ……レン! やっぱり!」
――何故俺の名を知っている?
興奮気味に少女は周囲を跳ねまわる。
「……やっぱり! 君がボクのご主人だったんだね!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます