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詩織はソルトの言葉にハッとした。
今の今まで日本に帰りたいという考えすら思い浮かばなかった。
そして意識した今でも両親、親戚、友人に会いたいという感情が湧いてこない。
これは明らかな異常である。
詩織は背筋に冷たいものがつーっと伝った。
隣の亜美も目をせわしなく動かし、動揺している。
ソルトは詩織たちを痛ましそうに見る。
「異世界人は望郷の念を断たれる――これは全ての異世界人に共通している。私たちこの世界の者にとって、異世界人召喚の魔法は女神がもたらした救いだった。だが、異世界人とっては? 単なる誘拐ではないか? という議論が起こってね。今から80年前に異世界人召喚は禁術指定された」
王国全土から異世界人召喚に関する記述、記録は抹消された。
唯一の例外を除いて。
「ここ、王城の王族のみが閲覧できる書庫に残っている」
「なんで全部消してしまわなかったのよ」
詩織は怒りをにじませて問う。
ソルトは目を伏せて答える。
「情けないことだが、全てを消すことは安全保障上できなかった。今は私たちはドレッグに対して優位に立っている。だが、将来は分からない。私たちが再び危機に陥った時、異世界人召喚を使えないのは困る」
「あまりにも身勝手じゃないかしら」
「そうだな……そして、その身勝手さが君たちのような被害者を生み出してしまった」
「私たちを召喚したのは――」
「第二王子殿下だ。理由は後継者争い。次期国王は第一王子殿下が最有力でそれは覆らないとされていた。だから、第二王子殿下は異世界人召喚を行い、異世界人という強力なカードを得ようとした」
そんなくだらないことのためにっ。
つないだ手がひどく痛い。
握りしめているのは、詩織か、亜美か、それとも、両方か。
「こんなことなら知らなければよかったわ」
「だが、君たちには知る権利がある」
「権利って……それがあって何になるの! すべてを失ったのよ!」
「もっともだ。だから、保護を。可能な限り最大限の保護を。国が、国王陛下が、そして――」
人の喧噪が遠いバルコニー。
一人の騎士が片膝をつく。
「私が君たちを保護しよう」
ずるい。
ずるい人だ、この人は。
詩織は故郷を失った悲しみの涙を流しながら信頼できる味方を得た。
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