1-4-3
「何やってるのかしらね」
「ふふ、なんでしょう」
今のこの子を笑わせるなんてなかなかやるわね。
さて――彼に話しかけましょう。
応接室を出た詩織は目的の人物を探すつもりだった。
しかし、それをするまでもなく見つけることができた。
廊下の先に立ち尽くす目当ての男。目元を片手で覆いながら天を見上げている。悲壮感がありありとにじみ出ている。通りかかる人たちは彼を避けるように歩く。実にシュールであった。
詩織は亜美の手を引いて近づく。
「ソルトさん、でよかったかしら」
「ん? ぉお、おお……」
ソルトは詩織たちに気づくと、ゆくっりと後ずさる。
「そんな森でクマに会ったみたいな反応をされると傷つくわ」
「あ、いや、すまない。まさか君たちの方から声をかけてくるなんて思わなくてね」
「少し落ち着いて話せませんか?」
「願ってもない。ついてきてくれ」
ソルトに案内されたのは近くのバルコニー。
庭園が見下ろせる。
そこのベンチに詩織たちを座らせ、ソルトは柵に背中を預ける。
「私の話を聞いてくれるのは助かった。このままでは陛下に与えられた使命をまっとうできないかもしれないと嘆いていたところだったんだ」
「あのっ」
亜美がガバリと頭を下げる。
「先程は、ありがとうございましたっ」
「うん? ……ああ、あれは私が私の仕事をしただけだから、気にする必要はない。でも、お礼は嬉しいよ。休んでなくても平気か?」
「はい。神崎先輩のおかげで」
「私は何もしてないわ。ただ手を握っているだけよ?」
それから互いの自己紹介をした後で、
「君は何か聞きたいことがあるのだろう?」
「ええ。この国はこの先、私たちをどうするつもりなのかしら?」
「それは君たち次第だ。君たちが何をしたいかによる。ただし、君たちの保護は約束しよう」
「監視ではなく?」
「……さっきの男の子も言っていたが、誰かに何か言われたか?」
「ボボンって名前の貴族が来てたわ」
「はぁ。あれだけ陛下が釘を刺したのにさっそく接触したのか。すまない、貴族にとって異世界人というのは利用価値があるんだ。だが、陛下には君たちを利用するおつもりは微塵もない」
「本当かしら」
「陛下を信じられない?」
「だって、私は異世界人だもの」
詩織の返答にソルトは笑う。
「そりゃあ、そうか。でも、本当なんだが……ふむ、では簡単に私たちの世界と異世界人の関係を話そうか」
この世界には「魔法」というものがある。
一人の大賢者が確立した技術体系であり、炎や水や風を自在に操り、様々な超常現象を引き起こすことができる。
魔法の登場により、この世界に産業革命が起きた。
魔法はあっという間に一般市民にまで広まった。
「ただし、落とし穴があった。それがドレッグだ」
「ドレッグ?」
「ありとあらゆる命を喰う化け物だ。もちろん人間もね。詳細は省くが、魔法を使えば使うほど、化け物――ドレッグが生まれることが分かった。なお悪いことに、ドレッグを私たちは倒せなかった。傷の一つさえ作れなかった。魔法は世界中で使われていたから、ドレッグも世界中で猛威を振るった。こうして、人間は滅亡の一歩手前まで追い込まれた。そこに現れたのが一人の少女だ。のちに聖女と崇められることになる」
少女は夢の中で女神に会ったという。
女神から一つの魔法をたくされた。
それが異世界人召喚の魔法。
異世界人召喚によって現れた異世界人はドレッグを倒すことができた。
だから、幾度も異世界人召喚を行い、何百人、何千人という異世界人を召喚してドレッグと戦わせた。
異世界人と彼らの子孫のおかげで、人類はドレッグを抑え込み、生存権を確保することができた。
「その時にはもう世界にこの王国しか残ってなかったがね」
ソルトは遠い目で空を見上げる。
詩織は何て言っていいか分からず、黙っていた。
ソルトの目が再びこちらに戻る。
「さて、ここで君たちに一つ問いかけよう。君たちはなぜ、君たちのいた世界に戻りたいと一度も言わない?」
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