1-4-1(神崎詩織)

 神崎詩織は自分のことを優秀な人間だと思っている。


 神崎グループという日本を代表する大企業の社長の娘として生まれ、幼少期から英才教育を受けてきた。


 文武両道。ついでに容姿も端麗。


 自分を構成するあらゆる要素が確かな自信につながっていた。


 しかし、今直面している非日常を前にしては、さすがの詩織も動揺を隠せなかった。


 異世界に召喚なんて、信じられるわけないでしょう……。


 いえ、これだけの証拠があっては認めないわけにはいかないわね。


 詩織は王城を見上げながら「はあ」と嘆息した。


 騎士に先導されてここに来るまで、街並みを見てきた。


 王国の王都、だそうだが、海外にそれなりに詳しい自分がこれだけ繁栄している街をまったく知らないなんてあり得なかった。


 それに、往来の人々の髪色がかなりカラフル。


 黒髪よりもピンク髪が多いなんて、どういうことよ。


 カルチャーショックだった。


 だが、一度、異世界だと受け入れてしまえば、優秀な詩織の頭脳は次に何をすべきか考え始める。


 まずは信頼できる味方作りでしょう。


 何をするにしても一人ではダメだ、すぐに限界がくる。


 信頼できる味方の第一候補として上がるのは、一緒に異世界に来た者たちだろう。


 詩織は前を歩く二人を見る。


 石川圭太と佐々木里奈。


 間違いなく味方だろうが、信頼できるかと言えば、うーん、と首をひねらざるを得ない。


 圭太は同じ文芸部の後輩だが、今まで特に関心がなかった。


 詩織の容姿と家柄に惹かれて近づいてくる男は数多く、いちいち相手にしていられない。圭太もそんな有象無象の一人という認識だった。


 部活動が違う里奈についてもあまり詳しくはない。


「あとは市村さんだけど……あれ、市村さん?」


 詩織はここで初めて亜美がいないことに気づく。


 さぁっと血の気が引いた。


 誘拐でもされたのではないか。


 慌てて近くの騎士に聞くと、体調不良で遅れているとのことで、事件に巻き込まれたわけではないと分かり安堵した。


 王城の出入り口まで戻り、亜美を待つことにした。


 数十分後、亜美は女騎士に付き添われてやってきた。


「市村さん! よかったっ!」


「あ、神崎先輩……」


 詩織は駆け寄る。


 女騎士に礼を言ってから亜美を引き取る。


 女騎士は別の仕事があるそうなので、別れる。


「まだ顔色が悪いわね」


「すみません、怖かったので……」


「そう……あなたが謝ることはないわ。むしろ謝るのは私の方よ。後輩のことを見れてなかったなんて部長失格ね」


「いえ、そんなっ」


「手でも握る? 今の私にはそれくらいしかできないけど」


「えっと……じゃあ、お願いします……」


 詩織は亜美の冷たい手を握る。


「さっきの女騎士さんには感謝ね。また改めてお礼に行かないと。菓子折りって文化、異世界にもあるのかしら」


「あ、あの、確かに女騎士さんが私に付き添ってくれたんですが、女騎士さんに指示を出した人は別の人で……」


「あら、そうなの?」


「ソルトって名前です」


「ソルト? 男の人?」


 亜美がこくりとうなずく。


 それを見て詩織は思案する。


 詩織の目から見ても、亜美は詩織とは別ベクトルでかなりの美少女だ。そんな美少女を自分で助ければ「いい仲」になれるかもしれないのに、女騎士を呼んで配慮した。


 その人、信頼できるかしら?


 詩織は信頼できる味方の候補にソルトの名前を書き足した。

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