1-2(市村亜美)

 市村亜美は今、恐怖に震えていた。


 ついさっきまでいつもと変わらない日常だった。


 部活終わり、駅前の本屋で新刊を買うのを楽しみにしていた。


 そしたら突然、白い光が現れた。


 気づいたら見知らぬ場所にいた。


 街中を歩いていたはずなのに、どう見ても室内だ。


 亜美は早い段階で、現状を説明するあるひとつの考えが浮かんでいた。


 亜美は本が好きだ、高校で文芸部に入るくらいに。


 読むジャンルは雑食で、その中にはライトノベルもあった。


 今の状況はラノベでも根強い人気がある題材に似ている。


 まさか、異世界に召喚された?


 そんなあり得ないことが現実に起きたという事実に、亜美は恐怖を感じた――のではなかった。


 亜美が恐怖しているのは周囲の男たちに対してだった。


 10人以上の見知らぬ男たちが取り囲んでいる。


 男たちはいやらしげな視線を亜美に向けてくる。


 中でも哄笑する男がひどい。


「ほうほう! なかなかに美しい娘ばかり! 余が褥でたっぷり可愛がってやろう! 今から啼かせて孕ませるのが楽しみだ!」


 ニヤニヤと口を歪め、亜美の全身をなめまわすように見てくる。


 特に人よりも大きい胸にはじっくりと。


 亜美は全身のうぶ毛がぶわっと立った。


 元々、亜美は男というものが苦手だ。


 小学校の時からしょっちゅうちょっかいをかけられた。


 中学になってからは、大きくなり始めた胸をじろじろと見られた。


 それは学校の外においても。


 童顔でアイドル並みに可愛い顔立ち、加えて巨乳。


 男の視線を集めるのはもはや宿命といってもよかった。


 実際、危ない目に遭いかけたことだってある。


 その時のことは今でもトラウマになっている。


 今、目の前の男が向ける情欲のこもった視線は彼女のトラウマを刺激するのに十分だった。


「ぅ……ぁ……」


 亜美は恐怖で腰が抜けてその場にぺたりと座り込む。


 考えたくもないサイアクの未来が頭をかけめぐる。


 そうして亜美の視界が真っ暗になりかけた時だった。


「そこまでだ!」


 扉を蹴破って、騎士が飛び込んできた。


 そこからはあっという間だった。


 騎士たちによって男たちは全員、捕縛された。


 亜美はそれを呆然と見るしかなかった。


 騎士が声をかけてくる。


「あなた方は異世界人の方々ということでいいだろうか。申し訳ないが、事情聴取のため、あなた方には王城に来てもらいたい。安心してほしい。あなた方は今回の件の被害者だ。誓って無体な真似はしないと約束しよう」


 そう言って部屋の外へ出るよう、うながしてくる。


 待って、立てないよ。


 足に力が入らない亜美をよそに、まっさきに外へ出て行った人物がいた。


 同じ文芸部の先輩の石川圭太だ。


 亜美にとって、圭太という先輩は、部活中に亜美が本を読んでいると、ちらちらと胸を見てくる男子。本人はバレてないと思っているみたいだが、実際はバレバレ。でも、まあ、実害はないし……。


 という認識だった。


 この時までは。


 いつもチラ見ばっかりするのに!


 こんな時に限って、チラ見すらしないなんて!


 自分だけさっさと出て行って!


 信じられない!


 亜美は内心で罵倒するものの、


「ぁ……ぇ……」


 恐怖で舌はもつれ、うまく言葉は出てこない。


 圭太の後に続き、文芸部部長の神崎詩織と圭太の幼馴染みの佐々木里奈も扉の方へ歩いて行く。


 彼女たちは自分のことで精一杯の様子。


 亜美のことまで気にかける余裕はないみたいだ。


 亜美はいまだ立ち上がれず、取り残される。


 嫌だ!


 こんな訳わかんない所に一人にしないで!


「大丈夫か?」


 騎士に声をかけられた。


 だが、見知らぬ男でもある。


 さっきまで男たちのいやらしげな視線にさらされていた亜美は、彼に対して過剰な防衛反応をしてしまう。


「ぃゃ……ぁ……」


 胸をかき抱いて、ずりずりと後ずさる。


 それを見た騎士は「なるほど」とつぶやくと、周りを見まわす。


「ちょっと、君!」


「はっ!ソルト隊長、なんでしょうか」


「君は彼女に付き添ってくれ。私は先に王城に戻らなければならないが、君は彼女のペースに合わせるように。遅れても構わない」


「了解しました」


 それだけ言い残して騎士は離れていった。


 残った方の騎士が亜美のそばに膝をつく。


「肩を貸します。立てますか?」


 その人は女騎士だった。


 同性なので安心して体を預けることができた。


 彼女の力を借りてようやく部屋の外に出ることができた。


 そのことで心理的に恐怖が軽くなり、頭が少しだけ冷静になる。


 思い返すのは「ソルト隊長」と呼ばれた騎士のことだ。


 今思えば、彼は亜美に変な目を向けてなかった。


 こちらを気遣う目だった。


 それは女騎士を付き添わせてくれたことからも明らかだろう。


 なのに、失礼な態度をとっちゃった。


 今度会えたら、ちゃんとお礼を言いたいな。


 亜美の心にソルトという男の名が残った。

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