親友と、根本クラスと⑤
六年生になり、友助と同じクラスになった。「君づけ」はやめようぜ、ということで僕は「友助くん」から「友助」と呼ぶことになった。そして、担任の先生は再びあの人になった。
「今年度、六年一組の担任をすることになりました、根本です。よろしくお願いします。二度目三度目の生徒、初めての生徒、いると思いますが知っている生徒だからひいきにするとか、初めてだから甘くするとか、誰かを特別視するつもりは毛頭ありませんのでそのつもりで。皆さんは今年、小学校を卒業します。中学校はとても厳しいところです。今までよりも学習内容は格段に難しくなります。今までに習ったことを、この一年間でおさらいし、中学校で勉強についていけないなんてことがないようにしてください。それから――」
根本先生はホームルームの時間をたっぷり使って、半ばお説教のように語った。噂で根本先生の厳しさを知っていたこともあるだろうが、初めて担任になるクラスメイトは顔を引きつらせていた。だけど、僕は表情を引き締めた。
根本クラスが二度目であり、さらには六年生になって多少知恵がつき、僕は根本先生から怒られることが少なくなった。友助は「うまく立ち回れるようになった」なんて難しいことを言っていた。
六年生で仲よくなった
ただ、今回で三度目の担任となる小寺は相変わらず怒られっぱなしだった。授業中に窓の外を眺めていたり、宿題を提出しなかったり。強豪のサッカー少年団に入っているから何とか釣り合いが取れているようなもので、小寺からサッカーを取り上げたら何も残らないんだろうな、と思う。
ある日の朝、登校したときのことだった。
「楢崎くん、来てくれる?」
校門をくぐったところで声をかけてきたのは、中之島くんだった。普段は穏やかな彼が慌てた様子だったので、僕は気になった。
「どうしたの?」という僕の問いかけに「こっち」とだけ言って、走っていく。ついてこい、ということだろうか、と不思議に思いながらもあとをつける。
うさぎ小屋の前に着いた。
「ぴょんたろうがね……」
そう言って、中之島くんはうさぎ小屋のなかを指差す。指し示したほうを見ると、ぴょんたろうはぐったりとして地面に横たわっていた。よく見ると、口元がモニョモニョと動いていて、生きていることは確認できる。
「死んじゃいそうなんだ。どうしよう」中之島くんが泣きべそをかいて、僕に助けを求めてくる。
どうしよう、と言われても、僕は獣医さんではないからどうすることもできない。かと言って、ぴょんたろうが死んでしまうのは嫌だった。
「根本先生を呼びに行こう」と僕が提案すると、中之島くんは首肯した。
僕たちは職員室へ向かって走った。昇降口で靴を脱ぎ、靴下のまま職員室の前まで行く。
職員室を覗くと、室内が会議中であることは明らかだった。腰が引けたが、苦しそうなぴょんたろうを放ってはおけなかった。
ノックをして、なかに入る。
「失礼します。六年一組、楢崎です。根本先生に用があって来ました」
僕は勇気を持って、大きな声で会議を遮る。
「今は会議中です」根本先生の冷たい声と、刺すような視線を感じる。
「はい。分かっています」
「緊急の用ですか?」と根本先生が尋ねる。
ここで弱腰になってはいけない、と思った。
「はい!」
「要件は?」
「ぴょんたろうが死にそうです」
根本先生は一瞬だけ考えてから「……分かりました」と言った。そして「失礼します」と言って根本先生は会議を抜け出してきてくれた。
うさぎ小屋に向かう途中で、根本先生が口を開く。
「会議中であることは分かっていましたね?」
「はい」
「職員会議よりぴょんたろうのほうが優先だと、判断したのですか?」
「はい」と僕は、間髪を入れず返事をする。
「い……命のほうが大切だと思って」と中之島くんが小さな声で言った。
「いいでしょう」
うさぎ小屋につくと、根本先生は裏側にまわり、扉を開けてなかに入っていく。ぐったりとしたぴょんたろうを観察している。
「楢崎さんが見つけたのですか?」
「あ、いえ。最初に気づいたのは、中之島くんです」と僕は中之島くんを見る。
「そうですか」と、根本先生も中之島くんを見る。「中之島さん」
「はい」と中之島くんが返事をする。
「ぴょんたろうの異変に気づいたのはいつですか? 今朝?」
「えっと、朝来たら、ぐったりしてて。多分三十分くらい前だと」
そのときだった。
「ぴょんたろう、どうしたの?」
声のほうを見ると、教頭先生だった。職員室での僕たちの会話を聞いて、来てくれたようだった。
「ぐったりしてしています」
「あれー。何か変なものでも食べたかね。それにしてもよく気がついたなぁ」
教頭先生が僕たちを見る。会議を中断したことで根本先生から怒らないように、僕たちに気を遣ってくれているのだと分かる。
「生物委員会か何かなの?」
教頭先生が僕と中之島くんを交互に指差す。
「いえ、違います」
「中之島さんは毎朝、ぴょんたろうの観察を?」と根本先生が中之島くんに尋ねる。
「はい」
「そうか。毎日見てるから、すぐ異変が分かったんだな。君は偉いぞ」教頭先生が中之島くんを褒める。
しかし僕たちに為す術はなく、それから十分ほどして、ぴょんたろうは完全に動かなくなってしまった。最期は、あっけなかった。
中之島くんは涙を流し、僕もつられて泣いた。
「死、というのは残酷なものです。どんなものであれ、生きていれば必ず死にます。もし、ここにいる誰かが、ぴょんたろうの死に抗うだけの、対処する術を持ち合わせていたなら、もしかしたらぴょんたろうは、死なずに済んだかも知れません。しかし、それは理想の話で、今は助けられなかったという事実が残っただけです。今回、あなた達はいい経験をしたのではないでしょうか。ぴょんたろうは自らの命を持って、あなた達に学びをもたらした。この経験を無駄にせず、生きていくように」
「はい」「はい」
僕と中之島くんは泣きながら、根本先生に返事をした。
「授業はもうすぐ始まります。ですが、今回は特別な事案です。遅刻、欠課扱いにはしないので、よく顔を洗って、気持ちの整理をつけて、授業の準備ができたタイミングで教室に戻ってきなさい」
「はい」「はい」
「じゃあ、ぴょんたろうは、私が桜の木の下にでも埋めてやりますから。あとのことは任せてください」と教頭先生が根本先生に笑顔を向ける。
「教頭先生。会議中に申し訳ありませんでした。よろしくお願いします」丁寧にお辞儀をすると、根本先生は去っていった。
「君たちに、ぴょんたろうを埋めるのを手伝ってもらいたいんだけど。いいかな?」
教頭先生が僕たちに優しい眼差しで問いかける。
僕たちは、「はい!」と大きな声で返事をした。
生き物を埋める、という行為は日常を生きていて、そうそうあることではない。だから、死んでしまったと分かっているぴょんたろうに対しても、掘った穴に入れ、土を被せて埋めるという行為には抵抗があった。抵抗があるからこそ、死をより実感させられ、僕は悲しくて涙を流した。中之島くんも同様に、涙を流していた。
「根本先生が言っていたように、君たちは特別な経験をしたんだと思うよ」土を被せながら、教頭先生が言う。「ぴょんたろうは、君たちに看取ってもらえて幸せだったんじゃないかな」
ぴょんたろうの死は根本先生から、クラスメイトにも伝えられた。
「中之島さんは毎日、ぴょんたろうの状態を観察していたそうです。今回、助けることはできませんでしたが、看取ることができたのは中之島さんのおかげです」
根本先生がそういうと、クラスメイトから拍手が起こった。
「楢崎さん、ぴょんたろうの絵を描いて弔ってあげるのはどうでしょう。教室に絵を飾って、ぴょんたろうの存在を思い出してあげるといいと思うのですが」
「はい。描かせてください」
すると、再びクラスメイトから拍手が起こった。
「今日ね。うさぎ小屋のぴょんたろうが死んじゃったんだ」
家に帰ると、僕は台所に立つお母さんに報告した。
「そう。残念だったね」
「でもね。中之島くんが毎朝ぴょんたろうを観察してたから、すぐに異変に気づけたんだって。看取る……? ことができたんだ」
「そう。最期の瞬間に看取ってもらえたのは、ぴょんたろうも嬉しかっただろうね」
「それでね、根本先生がね、『楢崎さんがぴょんたろうの絵を描いてあげたら忘れないですね』って」
「そうなの。やっぱり根本先生はいい人なんだね。生徒の得意不得意とか役割をちゃんと理解してるんだ」
「それで、教頭先生が『桜の木にぴょんたろうを埋めよう』って言って、中之島くんと一緒に埋めて、お墓を作ってあげたんだ」
「それは、いい経験をしたね」
僕は、夕飯を食べると、ぴょんたろうを頭に思い浮かべながら、絵を描いた。
次の日、その絵を持っていくと、根本先生がぴょんたろうの絵を教室の後ろに飾ってくれた。
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