親友と、根本クラスと②
二年生に進級した。クラス替えは三年生からであるから、クラスがそのまま持ち上がる形となり、クラスメイトは一年時と同じ顔ぶれだった。
二年生からは一段と、授業内容に深みが増した。クラスの生徒たちがなんとか授業についていき、余裕がでてきた夏頃のこと。
「なあ、こいつまたお絵描きしてるぞー」
僕はこの時期から、体格のいいガキ大将・
「この絵、俺にくれよ」
描いている途中の絵の、ノートのページをビリっと破り取り「やっぱりいらねーわ」と言って、細かくしてパラパラとごみ箱に捨てる。
リーダー格の竹部は、
最初は机に落書きをされる、下駄箱に枯れ葉を詰められるといった内容で、その行為は許されるものではないが、私物の破壊や暴力による身体へのダメージ等はほとんどなく、個人的に使用している学校物品である机や下駄箱等へのいたずらがメインだった。しかしそれが、少しずつエスカレートしていき、特に反抗しない僕へのいたずらは、いたずらと呼べないものになっていった。
机や下駄箱に何をされても構わない。教科書も上履きも道具箱も、好きにしたらいい、と僕は思った。
ただ、苦痛だったのは、絵をからかわれることであり、破かれることであり、捨てられることだった。自分が夢中になってできることは、絵を描くことだから、それを邪魔しないでほしいと思った。
僕の描いた絵を、沼尾が見つけ、根田が報告し、竹部がビリビリに破り捨てる。
そのなかには、上手に描けたからお母さんに見せたい、褒めてもらいたいと思っていた作品もあった。だから、辛かった。
昼休みは男子生徒の大半が、ドッヂボールやサッカーをしに校庭へ行く。竹部たちも例外ではなかった。
だから、昼休みの二十分間は、心置きなく絵を描くことができた。
その日も、昼休みになり竹部たちがいなくなったのを確認すると、絵を描き始めた。たまに、調子のいい日がある。自分の能力を最大限に引き出せているような感覚のする日があるのだ。
完成までは、あと少し。時計を見る。長い針は「5」のところまで来ていないから、時間にはまだ余裕があるぞ、と高をくくった。
テーマは「ツバメ」だった。朝、低く飛んでいるのを見かけて、今日はツバメを描こうと決めていた。あとで分かることだが、「ツバメが低く飛ぶと雨が降る」という言葉が実際、あるらしい。
「ああ、根田! こいつまた」
「ほんとだ、竹部くん! 楢崎が鳥の絵描いてるぅ!」
沼尾と根田の声がして、僕の、全身の血の気が引いた。
何で。どうして。頭が混乱する。時間はまだあるはずなのに、ともう一度時計を確認する。時計の故障も考えたが、それはない。予鈴のチャイムはまだ鳴っていない。
ふと、外を見る。雨が降っていることに気がつき、納得した。引き上げてきたんだ。集中しているせいで、まったく雨に気がつかなかった。
「どれどれ?」
竹部がにんまりと口角を上げながら、ゆっくりと近づいてくる。いつもは、破られておしまい。悔しいが、仕方なかった。
でも今日は、この絵はどうしても、お母さんに見せたい。
僕じゃなくてもいいじゃないか、どうしてこんなことをするんだ。僕は何か悪いことをしたのか。ただ、好きなことをしているだけなのに。
涙が込み上げる。「やめて」のひとこと、それが声として出ない。
竹部の手が伸びる。ああ、もうダメだ、そう諦めかけた。そのときだった。
「やめろよ」
僕の目の前で、竹部の手が止まった。誰かが竹部の腕を掴んでいる。僕は顔を上げ、竹部の手を掴んでいる人物を見る。友助だった。
「何だよ朝山! 離せよ」竹部は強引に友助の手を振りほどく。
「淳貴の絵に触るな」
「お前に関係あるのかよ!」
竹部が危害を加えようと思えば、きっと友助だって、力では敵わないはずだ。それでも友助は、怯まず、臆せず、立ち向かった。
「関係あるさ。俺は淳貴の絵のファンの一人だから」
「ファン? お前も絵が好きなのか」
「この絵のよさが分からないやつに、触る権利はねーんだよ!」
睨みながら友助は、僕の机と竹部の間に割って入った。友助の迫力に、竹部が一瞬、たじろぐ。
キーンコーンカーンコーン。予鈴が鳴った。
一触即発の場面を見守る観衆たちもその音を合図に、やむを得ずといった形で席に着き始めた。
チャイムを聞いた竹部は、何事もなかったかのように席に戻ろうとする。しかし、友助は再度、竹部の腕を掴んだ。
「もうやめろよな」
「離せよ」
「やめろよ。いいな?」
「……分かったよ」
竹部は腕を振り払い、そして各々、席に着いていく。
「あの……」
僕の声に、友助が僕を見る。竹部には怖い顔をしていたはずなのに、僕には笑顔を向けてくれる。
「大丈夫だったか?」
「うん。あ、ありがと」震える声でお礼を言う。
「俺はな、友達を助けるために生まれてきたんだ。気にすんな」
そう言うと、友助は親指を突き出し、グッドサインをして見せる。
「また、絵描いてくれよ」
「うん。描くね」
この日を境に、僕と友助の友情はグッド、いや、ぐっと深まることになったのだった。
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