親友と、根本クラスと①

 新一年生という言葉に、僕の心は躍った。

 やっと、小学生になれる。やっとランドセルを背負って学校に通える。数年後には全く異なった感情を抱くことになるとは、このときの僕は知る由もない。

 僕の一年二組のクラス担任は、白髪頭のおじちゃん先生だった。穏やかな人で、勉強の教え方が上手だった。僕は少しずつ、勉強の楽しさを覚えていった。

 ある日の学校での出来事。休み時間になると、僕は自由帳を広げる。真っ白なページに鉛筆で絵を描くためだ。そのときの気分によって、動物や昆虫だったり、花や木などの植物だったりと、見たもの、思いついたものを自由に描いた。

 その日は、テントウムシを描いていた。朝、登校中に見かけたのだ。我ながらよく描けている、と自画自賛した。

 そのとき、声をかけてきたクラスメイトがいた。

「何してるの? あ、お絵描きか!」

「うん」

「これは何描いてるの?」

「今日の朝見た、テントウムシ」

「テントウムシかぁ」

 彼は僕の絵をまじまじと見つめた。それから「俺にも描いてほしいなぁ」と呟いた。

「いいよ」僕は二つ返事で了承した。「何を描く?」

「君の得意な絵は?」

「僕の得意な……絵?」

 僕は好きな絵をただ描くだけだったから、自分の「得意な絵」なんて分からなかった。

「じゃあ、このテントウムシ描けたらあげようか?」

「いいの? ありがとう!」

 僕の提案に、彼は目を輝かせた。

「うん」

「あ、俺、朝山あさやま 友助ゆうすけ! よろしくな。えっと……」

「僕は、楢崎ならさき 淳貴」

「淳貴か、よろしく! 描けたら教えてな」

 その後、描き終えたテントウムシの絵を渡すと、友助は嬉しそうに受け取った。

「ありがとう!」

 僕には初めての感覚だった。普段は、自分が満足できればいいと思って描く。そんな自分の絵をお母さんに見せ、それで完結していた。

 僕の絵をお母さん以外の人が喜んでくれるというその感覚が、僕には堪らなく嬉かった。

 

 宿題が出されて、家で黙々と勉強を始める。

 その時間はいつも、お母さんは台所で夕飯の支度をしていた。

 ひらがなの練習と算数の足し算を一日二十分程度、やる。宿題が終わると、お絵描きをする。それが、僕の帰宅後の日課だった。

「学校でも描いてるの?」とお母さんが尋ねる。

「うん。ゆうすけくんがほめてくれた」

「ゆうすけくん? お友達?」

「うん」

「淳貴からクラスメイトの名前が出るなんて初めてじゃない?」

「そうかな?」

「どんな子なのかしら」

 お母さんは料理の手を止めると、連絡網のクラスメイトの名簿を確認する。

「朝山 友助くん?」

 お母さんが指差す。

「うん」

「そっか。『友を助ける友助くん』か」

「何?」

「ううん。何でもない。……この子が淳貴と仲よくしてくれるといいな」

 お母さんは嬉しそうな顔をしていた。

 

 しかし、友助はそれ以降、僕に絵を描いてほしいという依頼をしてこなかった。

 本当はあまり気に入らなかったのだろうかと思ったが、過度に気にするわけでもなかった。

 友助は、休み時間ごとに違うクラスメイトに声をかける社交的な性格で、そんな彼の周りには次第に人が集まっていった。すると、友助が席に着いていても周囲が友助の元に集まり、友助の席が一部の男子生徒の溜まり場になった。

 それにより、友助が僕に声をかけることは、なくなったのだ。

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