正義は白で、悪は黒③

 保育園に入園した僕は、他の子がぐずったり、駄々をこねたりしても大人しくしていた。自由な時間には大概、男の子は追いかけっこ、女の子はおままごとをしていたが、僕は独り、絵を描いていた。

 ある日、お母さんが僕を迎えに来たときのこと。

淳貴じゅんきくん、一日中絵を描いているんです。決して悪いことではないんですが、他の子たちと交流があると本人も刺激があるんじゃないかと思うんです」と保育士さんが言っていた。

「そうだったんですか。分かりました。本人にも言ってみます」

 帰宅するとお母さんは僕を呼んだ。

「保育園でも絵を描いているの?」

「うん。楽しいから」

「淳貴のたんぽぽ組、男の子が何人いるか知ってる?」

「分かんない」

「女の子も合わせて全部で何人いるか知ってる?」

「……分かんない」

「お母さんもね、クラスに何人淳貴と同じような子たちがいるのか知らないの。淳貴がどんな子と仲よくしてるのか。どんな遊びが流行ってるのか。お母さんは保育園にいけないから、淳貴にね、代わりにたくさん教えてほしいの」

「ぼく、他の子と仲よくしてなかった。ずっとおえかきしてたから分かんなかった」

「そうね。明日から少しずつ、色んな子に話しかけてみたら? 『何してるの? 僕も混ぜて』って」

「そしたらどうなるの?」

「お絵描き以外にも、たーくさん楽しいことがあると思うの。それをお母さんに教えてほしいの。できるね」

 お母さんが僕の背をポンと叩く。

「分かった! できる!」

 

 次の日、お母さんが僕を迎えに来た。

「淳貴くーん、お母さん来たよー!」

 保育士さんの呼びかけで、僕は帰り支度を始める。支度を終えると、お母さんの元へ向かう。

「淳貴くん、今日はみんなと一緒に鬼ごっこと大縄跳びをしましたよ! ね!」

「うん」

「そうですかぁ、よかったです」

 帰りの車のなかで、お母さんは僕に訊いた。

「鬼ごっこ楽しかった?」

「ぼく、かけあし遅いんだって」

 助手席で僕は、俯き加減で言った。

「そう。ならよかったわね」

「どうして?」僕はお母さんの顔をうかがう。

「最初から速かったらつまらないじゃない」

「つまらない?」

「そうよ。だんだん成長していくから、面白くなるのよ」

「ぼく、にげるならタッチされたくない、鬼ならはやくつかまえたい!」

「そう。その気持ちが大切なのよ。どんなことでもひたむきに、一生懸命やること。覚えておいてね」

「うん」

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