正義は白で、悪は黒②

 五歳の誕生日、お母さんは誕生日プレゼントとして、僕にお絵描きセットを買い与えた。

 僕が「欲しい」とねだったわけではなかったが、高価なおもちゃを買わされるくらいなら、と無難なプレゼントでお母さんが自ら高額出費を避けたのだと思う。それでも、僕は喜んだ。

 早速、絵を描き始めた。それはもう一日中、ひたすら描いた。

 あるとき、テレビに映ったライオンやらキリンやらゾウやらを、自分が納得するまで描き続けたことがあった。お母さんに見せると「わあー凄い! 上手だね!」と今までにないほど褒められた。

「将来は絵描きさんかな」

 お母さんは絵をじっくり見ながらそう言った。

「えかきさんって、なーに?」

「絵を描いて、いろんな人を感動させるお仕事のことだよ」

「かんどう?」

「そう。『ありがとう』って喜ばれたり、泣かせちゃったり」

「お父さんはえかきさん?」

 もうしばらく会っていないお父さんが頭に浮かび、悪気なく訊いた。

「んー。お父さんは、ただのサラリーマン」

「たらひーまんは感動させる?」

「感動させてくれる仕事もあるけど、お父さんは泣かせるだけね」

 嬉しくないのに笑っている、というお母さんの表情を、そのとき初めて見た。

「ぼく、えかきさんになる!」

 あのときのお母さんの複雑な顔はその後も、ときどき思い出すことになる。

 幼かった僕には、嬉しそうで、でも悲しそうなお母さんの表情を理解することができなかった。

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