正義は白で、悪は黒①

 死にたいというよりも、逃げる先には「死」しかないのだ、と僕は実感した。死んじゃいけないことは分かっているのに、その真意がときどき、揺らぐ。

「やってみろ! 死んでみろ、クソ野郎!」

 スーパーマーケットの一角で、僕は「死」に直面していた。酒瓶のガラスの破片を、自分の喉元に突き立てる。

 ここで死ぬのか。結局、こんな終わり方なんて、最悪だ。

 どうして、こうなったんだっけ?


 *


 1

 僕には兄や姉がいない。後に弟や妹ができることもなかった。一人っ子だ。お父さんもいなくなっちゃったから、お母さんが遊んでくれないと遊び相手がいない。だから、いかに独りを楽しむかが重要だった。

 オセロやトランプ、紙風船も一人二役。

 例えばオセロの場合、白は正義のヒーローで、黒は悪に染まった敵のボスだ。

 最後の二枚。

「へっへっへ! 今度こそ倒してやる!」

 独り、言いながら黒の石を置くと、何枚かの白が裏返る。黒優勢だ。

「お前なんかに負けてたまるか!」

 今度は白の石を置く。

 この頃の、四歳の僕には、『自分の色の石で相手の色の石を挟み取る』『盤上にある自分の石の数が最終的に多いほうが勝ち』というルールがおぼろげにあるだけで、どこにどう置いたら勝てるかという戦略などまるで分っていなかった。

 たまたま最後の一枚で白が逆転勝利を果たすと「僕はどんな困難にも屈しない!」と誇らしげに言ってみせる。見せる相手はいないけど。

 お母さんと二人暮らしの生活は、寂しくなかったと言えば嘘になるが、仕方がないことだと思っていた。

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