変彩金緑石の章 ~アレキサンドライト~

 1.魔法使いトリスと錬金術師テオフラストゥス

 昔々、遠い昔――

 魔法使いと人間たちは、仲良く平和に暮らしていました。


 数は少ないけれど、奇跡のわざ――魔法――を使う魔法使いたち。魔法は使えないけれど、様々な道具を作り出す人間たち。他にも獣と人の特性をあわせもつ獣人や石の瞳を持つ妖精、人魚に竜に……世界にはたくさんの種族が暮らしていました。

 そんな世界で、姿の近い魔法使いと人間たちは互いに寄り添い助け合い、穏やかに暮らしていました。


 けれど、そんな日だまりのような時間は永遠には続かず……

 いつしか魔法使いと人間たちの間には冷たい風が吹きすさむようになっており、ついには厚い氷の壁で分かたれてしまったのです。


 いったい、何がきっかけだったのか。

 ほんの些細なすれ違いから生じた不和は伝染病のように人々の心に広がり、二つの種族はいつしか憎しみあうようになっていたのです。

 最初は数人規模の小競り合いだったものは、やがて戦争へと発展していき……


 戦況は、最初こそ魔法を使う魔法使いたちが優勢でした。

 魔法使いはたった一人で、瞬く間に数百人の人間を灰にしてしまうのですから。その戦力差は絶望的です。

 けれど、そんな勝ち目のない戦いに人間たちの心が絶望に塗りつぶされそうになったその時、一人の救世主が現われました。そして、彼女の出現により戦局は一変したのです。その者の名は――――


 トリス・メギストス


 人間たちに寝返った魔法使い。彼女は火・風・水・土の四大元素の他に、魔法使いたちが魔法を使うのに必要な第五元素――魔素エーテル――を機械で利用することに成功し、道具による疑似魔法を再現したのです。

 威力では魔法使いたちの使う魔法に劣るとはいえ、人間たちには圧倒的な数の優位がありました。結果、戦争はほどなく終結し、戦いに敗れた魔法使いたちは表舞台からその姿を消しました。それは救世主トリスも例外ではなく、彼女もまた、現れたときと同じように唐突に消えてしまいました。


 そして人間たちは、末永く平和に幸せに暮らしましたとさ。


 と、そううまくはいきませんでした。

 魔法によって焦土と化した土地は、生命を育む力を失っていました。何度種を植えても、どれもまったく芽が出ないのです。そして、破壊された建物。こちらも、今の人間たちの技術では修復不可能なものでした。彼らはたまたまそこにあった、太古の遺跡を利用して暮らしていたのです。

 やっとの思いで生き延びたのに、このままではどうにもなりません。生き残った人間たちは断腸の思いで国を捨て、新天地を目指しました。


 そして長い流浪るろうの末、彼らはようやく落ち着ける場所を見つけたのです。さあ、これからだ! というところで、今度は人々の間で奇妙な病が流行り始めました。

 それは徐々に全身の皮膚を赤く染め上げ、手足などの末端から辰砂しんしゃのような結晶に変えてしまう病気。やがて心臓をも石に変え、最後は粉々に砕け散って大気にかえる……そんな病気でした。

 原因もわからなければ治療法もない、そんな恐ろしい伝染病が発生したのです。

 人々は思いました。これはきっと、先の戦争で滅ぼされた魔法使いたちの――呪い――だと。

 このままでは、人間は遠からず滅びるだろう。人々の心がいよいよ諦めで満たされようとした、その時……

 戦争が終わった後に忽然こつぜんと消えてしまった、あの魔法使いトリスの再来ともいうべき救世主が現れたのです。


 錬金術師テオフラストゥス


 彼は見たこともないような鉄人形たちを引き連れ、ある日突然ふらりと人間たちのもとにやって来ました。そして彼らを、不思議な場所へといざなったのです。

 そこは、壁で囲まれた巨大な町でした。いえ、壁だけではありません。空も透明な壁でおおわれていました。今の彼らにはおよそ想像のつかない不思議な材質で作られていたその町は、しかし彼らにはとても懐かしいもので……。そう、失ってしまった彼らの故郷にとても似ていたのです。

 すっかり弱りきっていた人々にテオフラストゥスは言いました。「この町の中にいる限りは、呪いで死ぬことはない」と。

 こうして人々は長い苦難の末、ついに楽園に辿り着いたのでした。


 ファーブラ国に伝わるおとぎ話「魔法使いトリスと錬金術師テオフラストゥス」より。

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