コラボ番外編 青の町と仮初の夢(貴石×恋プリジェルド×霧夢+WW)
世界歴三二三四年。
この年、
それから二十年――
石人たちを守るはずだった
「鍵はばら撒いた。後は哀れな来訪者たちが扉を開けるのを待つのみ」
濃い霧の立ち込める森の中、黒衣の老人は見えない天を仰ぐ。その黒い瞳、そして黒い貴石の瞳に映るのは、どろりとした白い霧と死にかけの硝子の木々。
「死後の我が守護石を代償に得た、黒書の魔法使い特製の鍵。あれらは
石人の老人――グリソゴノ・プルンブム・アダマスは独りつぶやくと祈るように、そして自嘲するように笑った。
※ ※ ※ ※
港町カエルラ――雑多な人種と文化で織りなされる海辺の町。今この町はその賑わいをさらなるものとしていた。
仮装祭り
年に一度、ひと月に渡って行われるこの祭りは、海の青、漆喰の白、瓦の橙を基本としたカエルラというキャンパスにとりどりの色を
道を行き交うのは思い思いの衣装に身を包んだ住人や観光客たち。もちろんあちこちの店の売り子たちも負けていない。それぞれの店によって用意されたこの時期のためだけの衣装に身を包み、かき入れ時を逃すかとばかりに呼び込みの声を張り上げていた。
マラカイト
海の魔法使いパーウォーの営むこの服飾店ももちろん例にもれず、一年の中で一番忙しい時期を送っていた。
受注した仮装衣装をなんとかすべて納品したのはついさっき。店の方は販売担当の従業員たちに任せ、今は縫製担当の従業員たちとつかの間の休息をとっていた。祭りが始まってしまえばあとは貸衣装の管理や在庫を売りさばくのみ。明日からは店長であるパーウォーと販売担当の従業員たちが主に店を回す。
「今年も相変わらずの忙しさだったわねぇ。危うく自分の衣装作り損ねるところだったわ」
「店長、あの地獄の
「またって……いいじゃない、好きなんだから! ちなみに明日はそれ着てお店に出るから、暇だったら遊びついでにいらっしゃいな」
短い休憩の後、連日の激務により疲労困憊の従業員たちを帰らせるとパーウォーは独り言ちた。
「それに、なーんかおかしなことが起こってるみたいなのよねぇ……」
※ ※ ※ ※
遠くに見えるのは白と橙の街並み、そして青い海。潮の香りを乗せた風は
「くそっ……あの野郎! 何で毎回毎回こう面倒なことに俺を巻き込みやがるんだ‼」
そんな美しい風景の中、
金の髪は後ろへとなでつけられ、その強面をこれでもかと強調していた。四肢は丸太のように太く、隆々とした筋肉で覆われている。
アトラス王国諜報員――ジェルド・ラングウェー
有能だが、どこまでも不運な巻き込まれ体質のお人好し。そしてその巻き込まれ体質はとうとう世界をも越えてしまった。閉ざされた霧の森を救う人材を集めるためと異世界へばら撒かれた鍵。この不運な男はその不運ゆえ鍵を手にし、世界を超えてきてしまった。
そしてその不運ゆえ、なぜか一人だけ森の外へと放り出されてしまっていた……
※ ※ ※ ※
迷いの森でミオソティスとグリソゴノが、界を超えた者たちと霧の暴走原因を突き止めようと奮戦していたその頃……
「店長! それじゃただの普段着じゃないですか‼ 一年に一度のお祭りなんですよ。ちゃんとしてください」
マラカイト店内、空色を基調とした青薔薇の
「せっかく作ったのに……」
「すねてもダメです! 代わりの衣装は私たちが用意するので、店長は早くそれに着替えてきてください! もうすぐ開店なんですから、早く‼」
店員たちに追い立てられ、渋々といったていで奥へと向かうパーウォー。途中何度も振り返るその未練がましい様子は、服の空色が涙色に見えてくるほど。店員たちはその鬱陶しさに「時間がないから!」と最後は人海戦術の力押しで奥へと押し込んだ。
一方、ようやくカエルラにたどり着いたジェルド。彼はお祭り騒ぎの見知らぬ町を独り、当てもなくさまよっていた。
「おい……ここはいってぇどこなんだ? アトラス、じゃねぇよなぁ」
いよいよ途方に暮れ立ち止まったジェルド。ぐるりと周囲を見渡せば、目に入るのは見覚えのない建築様式。細い石畳の路地に立ち並ぶのは白い漆喰の壁に素焼きの瓦が
「このままじゃ
ちょうど立ち止まったそこは大きな店舗らしき建物の前。ジェルドは意を決して声をかけてみることにした。
「すまねぇ、ちょっと聞きたいんだが……」
扉枠を軽く叩き店内をのぞきこむ。所狭しと並べられた服、服、服――その中から出てきたのは……
「あら、いらっしゃぁい」
波打つ金の髪を後ろで一つに縛り、
刹那、ジェルドの背筋を駆け抜けたのは盛大な悪寒。
――ヤベェとこキタァァァァァ!
低い声に女言葉、それはジェルドにとっての鬼門だった。
言葉が通じたという安心など瞬時に吹き飛ぶほどの不安。脳裏をよぎったのは
ジェルドが彼らから受けたのは実験という名の災難。
――ヤツらと同じニオイがする!
頭の中でけたたましい警鐘が鳴り響いている。このままここにいたら必ずまずいことになる、そうジェルドの勘は告げていた。
「すまねぇ、なんでもねぇ……」
即座に戦略的撤退を選択し、素早く
「はずかしがらなくても大丈夫。ウチはね、アナタみたいな人の味方よ」
訳知り顔でうんうんとうなずくパーウォーに、ジェルドの警鐘はいよいよ狂ったように最大音量で鳴り響く。
「さあ、みんな! 出番よ‼」
「ま、待て‼ 違っ――」
ジェルドの悲鳴をかき消すような、野太く甘ったるい「はぁ~い」という声がいくつも現れた。犬頭の獣人に人間、悪魔族に妖精族……ジェルドはあっという間に野太い声とぶっとい腕に取り囲まれ、おまけになぜだか体がしびれて動けなくなっていた。
そこからは地獄だった。抵抗できないジェルドは瞬く間に身ぐるみをはがされ、桃色を基調としたひらひらでふわふわのかわいらしい衣装を着せられてしまった。おまけに化粧まで施され、仕上げとばかりに頭には蝶を模したリボン。
「かーんせい! ピッタリのサイズがあってよかったわぁ。カエルラの仮装祭り、楽しんでいってね。あ、お代は結構よ。貸衣装に限るけど、
胸元の大きなリボン、その中心には「奇跡」や「祝福」などの花言葉を持つ青い薔薇の
「あ、これも忘れちゃいけないんだった! はい、魔法少女の
楽しそうに「魔法少女」とやらを語るパーウォーのかたわらで立ち尽くすのはジェルド。かわいらしい魔法少女の衣装に身を包み、無言で涙を流していた。
「あはは、見つけた見つけた、見~つけた!」
唐突に降ってきたのは甲高い少年の声。
「ハズレの鍵を引き当てたボクのオモチャ‼」
パーウォーとジェルドが顔を上げると、そこにはひとりの少年がいた。
年の頃は十代前半。白い
一見人間にしか見えない少年だったが、天井近くから見下ろす彼の背には一対の黒い翼が生えていた。
「堕天使? …………というかアンタ、魔法使い?」
怪訝な顔で見上げるパーウォーに、少年はまさに天使の微笑みを返すと名乗りをあげた。
「初めまして、海の魔法使いくん。ボクは
「異世界から人や物を召喚……もしかして今、迷いの森で起きてる異変はアンタが?」
「半分正解、半分ハズレ。確かにボクは彼に道具を与えたけど、それだけ。あの森の異変とボクは直接の関係はないよ」
状況がつかめず一人置いてけぼり状態のジェルドは、どうしたものかと目の前で対峙する二人の魔法使いを眺めていた。
「あっちのことは石人と呼び寄せられた彼らに任せておけば大丈夫でしょ。それよりボクは、ボクのオモチャで遊びに来たんだよね」
そう言ってにっこりとジェルドに笑顔を向けたグリモリオ。それでようやくジェルドにもおぼろげながら
――迷いの森ってとこで異変が起きて、それを解決するためにコイツの道具で異世界から人を呼び寄せたってことか。で、まんまとそれに引っかかった一人、しかもハズレが俺、と……
「なんじゃそりゃぁぁぁぁ‼」
店内に響き渡るジェルドの雄たけび。近くにいたパーウォーがその大音量に慌てて耳をふさぎ顔をしかめた。
「ガキ! 戻せ、今すぐ俺をアトラスに戻しやがれ‼」
「無理~。あとボクはガキじゃなくてグリモリオですぅ。それと、人間のおじさんよりボクの方が絶対年上だからね」
「んなこたぁどうでもいいんだよ! とにかく今すぐ帰しやがれ‼」
「おじさん、そんなに怒ると頭の血管切れるよ? 落ち着いて~。今すぐは無理だけどぉ、ちゃんと段階踏めば帰れるからさぁ」
グリモリオはおちょくりながらも、いちおうジェルドに帰還方法を教えた。
その方法とは、ジェルドをこの世界に呼び寄せた鍵――
「魔力使うったってどうすりゃいいんだよ⁉ 言っとくが俺は魔法なんて全然使えないぞ」
「あ~、それは任せといて~」
グリモリオはジェルドから青色風信子石を受け取ると、それをさきほどの魔法少女の杖にはめ込んだ。
「はい、完成! これで異世界から使い魔を召喚できるようになったよ。あとはちょっとだけ飛べるようにしといたから」
ぽいっと無造作に杖を放ると、グリモリオは腰に下げられていたぶ厚い本を開いた。
「せっかくの魔法少女なんだから、やっぱり敵と戦ってこそだよね。というわけで今から敵を召喚するから、思う存分戦って魔力を使ってね」
開いた本から紫色の煙が立ち上り、何かが飛び出してきた。
「
「くたばれぇぇぇぇぇ‼」
煙から飛び出す直前、それはジェルドの鉄拳によって「あっふぅぅぅん」という気持ちの悪い声と共に店の外へとたたき出された。マラカイトの店員たちはすっかり怯えてしまっていて、店のすみに固まって成り行きを見守っている。
「やだぁ、まさか目の前で本物の魔法少女の戦いが見られるなんて思わなかったわぁ。ワタシってばツイてる~!」
「魔法少女対悪の忍者の苛烈なる戦い、開幕開幕~」
「開幕開幕~、じゃねぇ! あと俺は少女じゃねぇ‼」
迷いの森の異変に実害がないと知り、パーウォーはすっかりと観客気分になってしまっていた。もう今の彼は目の前の魔法少女バトルに夢中だ。
「大丈夫よ、心が乙女ならアナタも立派な魔法少女。さあ、思う存分魔法を使って戦うのよ! 応援してるわ」
「ほらほらぁ、早く使い魔呼びなよ~」
「俺は身も心も男だっつーの! そもそも使い魔呼ぶったってどうすりゃいんだよ⁉」
「呪文唱えれば来るよ~。『ももいろ、まるまる、いっぱいうれしーなっ』って」
グリモリオはご丁寧にポーズまでつけて説明してくれた。「ももいろ」で杖を顔の前に掲げ、「まるまる」で突き出した杖で空中にうずまきを描き、そのままくるりと一回転。最後は杖を前に突き出した状態で、もう片方の手でじゃんけんのチョキを作って目元に持ってきたら
「まさか……それ、動きも必要なのか?」
「もちろん!」
満面の笑みのグリモリオと顔面蒼白なジェルド。パーウォーは期待で目を輝かせ、表通りに叩きだされた悪の忍者もなぜか目を輝かせていた。
「ウソ……だろ。いや、でもこれをやらねぇとアトラスに帰れねぇって言うし…………汚れなら今までの任務でもこなしてきたじゃねぇか。今さら……いま、さら…………」
仁王立ちでうつむいたまま、ひたすらブツブツと独り言を垂れ流していたジェルド。皆の期待のまなざしの中、ようやく上がった彼の顔は完全な無表情。死んだ魚のような目で天を仰ぐ。
そして再び正面を見据えた時、その顔は
「ももいろぉぉぉ!」
滂沱の涙を流し、掲げた杖を突き出すとジェルドはやけくそのように残像が見えるほどの高速回転を始めた。
「まるまるぅぅぅぅ!」
杖に埋め込まれた青風信子石が光を放ち始め、ジェルドの前に青い円環を作り出す。彼はそのままぐるりと回ると、さきほど道へとたたき出した悪の忍者に向かって杖を突き出した。そして人差し指と中指でハサミの形を作り目元に持ってきて――
「いぃぃっぱい、うれしいなぁぁぁっ‼」
絶叫のち、涙を絞り出すような
静まり返る辺り一帯に緊張がはしる。往来の人々も何かを感じ取ったのか悪の忍者とマラカイトを遠巻きに眺めていた。
「何も……おきないわね」
静寂に響くパーウォーの一言。精も根も尽きたジェルドのひざが崩れかけたその時――
ぽよんっ
ぱよんっ、ぽよよんっ
ぽむんっ、ぽよ~ん、ぽよよ~ん
外から妙な音が聞こえてきた。次いで「かわいい」とか「なにこれぇ」という若い娘たちを中心とした歓声も聞こえてきた。
「ボクの召喚魔法が失敗するわけないだろ! ほら、おじさん。ちゃっちゃと外行って確認してきなよ」
燃え尽きそうになっていたジェルドをグリモリオが無理やり外へと追いやる。外へ出たその瞬間、皆の目に映ったのはありえない光景だった。
「何だこりゃ?」
「やだぁ! なにこれ、カワイイ‼」
「ほら、ちゃんと成功してたじゃないか」
青く晴れ渡った空から、ももいろのまるっこい物体が無数に降ってきていた。それは地面に落ちると「ぽよんっ」とか「ぱよんっ」という間の抜けた音を出してはころころと坂道を転がっていく。
「なあ……この使い魔とやら、いったい何の役にたつんだ?」
ぽよんぽよんころころ、まるっこい体につぶらな黒い瞳。次々と落ちてくるももいろのまるっとした生き物、それは悪の忍者を目指して途切れることなく降り続く。
そのあまりの緊張感も攻撃力もない使い魔の姿に、とうとうジェルドがキレた。
「これであの変態をどうやってぶちのめすって――」
ジェルドが激情のままにグリモリオへと文句をぶつけていたその時、不意に影がかかった。雲でもかかったのかと空を見上げた一同、その視界を埋め尽くしたのは――
空にひしめく数多のももいろのまる、と七色に輝くその亜種。それらはみっしりと群れを成し、雨雲のように太陽の光を遮っていた。
「あ~、おじさん。おめでとう、さっきの一回で全魔力放出したみたいだね。すごいや!」
グリモリオは初夏のような爽やかな笑顔であははと笑うと、「これで帰れるよ。というわけで、ボクもお
「ばっ、待て‼ おい、アレが全部降ってきたら……」
ジェルドが振り返ったのとマラカイトの扉が閉まったのは同時だった。他に逃げ場がないかと慌てて辺りを見渡したがすでに人の姿はほとんどなく……。あれだけあふれていた人々はみな屋内に避難した後か、爆心地となるであろうジェルドと変態忍者から少しでも距離をとるために押し合いへし合いで逃げた後だった。
「ああ、ジェニー! まるで世界に二人だけのようだね」
「うるせぇ、死ね‼」
ジェルドが変態忍者を殴り飛ばしたその瞬間、空をおおっていたももいろと七色のまるたちが一斉に落下を始めた。
白と青と橙のカエルラが桃色と七色で埋め尽くされる。
――なんで、毎回毎回俺だけこんな目に‼
悲鳴も憤りも、すべては降り注ぐ無限のまるたちに飲み込まれた。
※ ※ ※ ※
「今年の仮装祭りは本当に楽しかったわ! 魔法少女、魔法少女よ‼ あのももいろの使い魔もかわいかったし、最後の無限召喚は圧巻だったわぁ……」
祭りの後、活気にあふれてはいるがどこかのどかないつもの日々を取り戻したカエルラ。繁忙期を乗り切り、まったりとした時間を楽しみながら午後のお茶と思い出を楽しむパーウォー。
「そういえばあの魔法少女の衣装、結局持ち逃げされちゃったのよねぇ。返してもらおうにも異世界じゃさすがのワタシでも行けないし。ま、いいもの見せてもらったからその代償かしらね」
あの騒動の最後、無数のももいろと七色のまるが降り注いだカエルラだったが、すべてが終わった後、それらはまるで夢のように跡形残らず消えてしまっていた。町への被害もまったくなく、人々は首をかしげるばかり。
今となってはそれが現実にあったということを証明するのは、居合わせた人々の記憶とマラカイトから新しく売り出されたももいろのまるの人形だけ。
「もしいつかまた会えることがあったら、あの魔法少女さんにはお礼言わなきゃ」
※ ※ ※ ※
目を開ければ、そこは見慣れた街並みだった。
「……戻ってきた、のか?」
膝をついたまま呆然とつぶやき、ジェルドは改めて周囲をぐるりと見渡した。
石造りの高さのある建物はとりどりの瓦で彩られ、窓には季節の花々が咲き誇っている。町のあちこちにある
「アトラスだ! 戻ってきた、俺は戻ってきたぞぉぉぉぉ‼」
思わず叫んでしまったジェルド。そんな彼を見た瞬間、人々はみな一様に目を逸らした。
「ちょ、店長! こんな往来のど真ん中で……しかもなんて恰好を…………」
ジェルドが振り返ると、そこには馴染み深い部下の顔。けれどその口元は引きつり、まるで変態を見るような目でジェルドを見下ろしていた。
「なんでぇ、そんなまるで変態でも見るような目……で…………」
言葉の途中でジェルドは気づいた。今の自分の恰好に。なぜ人々が目を逸らしていたのか、なぜ部下の顔が引きつっていたのか。
「ち、違うんだ! これは任務、任務だったんだ‼」
こうして一人の不憫な男の異世界召喚は無事幕を閉じた。
☆ ★ ☆ ★
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