番外編2

黒玉番外編 コスプレ王子オルロフ

 夏の日差しがキラキラと降り注ぐ、そんなある日。アルブスの町を一人の石人が歩いていた。今にも鼻歌を歌いだすのではないかというほどご機嫌なその石人は、極夜国ノクス第五王子オルロフ。現在鎖国中の妖精の国の王子、その人だった。


 ――今度こそ……今度こそは!


 にやけていた顔を一瞬だけ真剣なものにし、こぶしを握り胸の中で固く誓う。


 今度こそ、ミオソティスをものにする‼


 そして再びにやける顔。思いを通じ合わせてからというもの、オルロフは実に素直だった。ただあまりにも素直すぎて、アルビジアにちょくちょく制裁をくらっているが。けれど、それでも一向に懲りない。オルロフは、己の欲求にどこまでも素直な男だった。


 ――あいつは珍しいものに目がないからな。今回も警戒心皆無でほいほいついてくるだろう。


 ニヤリと悪そうな笑みを浮かべ、オルロフはめくるめく夜のためのはかりごとに思いを巡らせた。



 ※ ※ ※ ※



 羞恥に頬をこれでもかとあかに染め、本人にとっては精一杯であろう些細な抵抗をするミオソティス。瞳にはうっすらと涙の膜が張っており、それがオルロフの嗜虐心を盛大にくすぐっていた。ミオソティス本人は必死なのだろうが、それらはすべて逆効果。


「や、やめてください! なんで突然、こんなこと……」


 うつぶせでベッドに組み敷かれ抗議するミオソティス。彼女が今その身に纏っているのは遥か東、遠い異国――秋津洲あきつしま――の民族衣装。オルロフが一も二もなく即決で買い求めたものだった。

 ミオソティスの瞳と同じ薄青の、不思議な形をした衣装――着物。


『きれいでしょう? その色ね、勿忘草色わすれなぐさいろっていうのよ』


 豪奢な見た目が目に痛い店主の言葉が頭の中で再生され、オルロフから思わずといった笑みがこぼれる。


「オルロフ様、いい加減にしてください! これではせっかく着せていただいた着物が台無しです‼」


 瞳を潤ませ抗議するミオソティスの言葉を笑顔で流すと、オルロフはそのほっそりとした白い首筋に顔を埋める。


「いや、当初の目的通り。なんの問題もない」


 オルロフの呼気がくすぐったいのか羞恥なのか……いや、その両方か。ミオソティスは小さく体を震わせると、真っ赤に染まった頬を隠すようにオルロフから顔をそむけた。

 そんなミオソティスを見下ろすと、オルロフはうっそりとした笑みを浮かべる。その手は彼女の無防備な背をたどり、ついにはわざと簡素に結ばせた帯へと伸ばされ――――



 ※ ※ ※ ※



 はっと我に返ると、オルロフは目的の店――マラカイト――の前に立っていた。どうやらここまで無意識に歩いてきたらしく、そんな己の余裕のなさに思わず苦笑いをこぼす。


「すまない、頼んでいたものを引き取りに来たんだが」


 近くにいた女性店員に声をかけると、彼女は「少々お待ちください」と店の奥へと消えた。しばらくすると、あでやかな女物の着物を羽織ったこの店の主、パーウォーが現れた。


「あら、いらっしゃーい。待ってたわよぉ、オルロフちゃん。さ、奥へ。準備はばっちりよ」


 パーウォーに促されるまま、奥の部屋へと足を踏み入れるオルロフ。だが、なぜかそこには、パーウォーと同じ匂いのする男たちが待ち構えていた。


「あら、いい男! こんな子のお着替え手伝えるなんて、や・く・と・く」

「ほーんと! ささっ、遠慮はいらないわよ。うーんとかわいくして、あ・げ・る」

「待て! ちょっと待て‼ 俺は頼んでいた物を取りに来ただけで――」


 オルロフの抗議の声はいくつもの野太い声にかき消され……怒声は悲鳴へ、そして懇願へと変わっていった。



 ※ ※ ※ ※



「ふふっ、あのエロ王子、今頃どんな格好させられてるのかしらね」


 隣に座っている妹の独り言にミオソティスが首をかしげる。


「ジア、何かいいことでもあったの? ずいぶんと楽しそうだけど」

「うん。でもねぇ……ティスには内緒!」

「ええ⁉ そんなこと言われたら余計気になるんだけど」

「ごめんね~。でもさすがにこれをティスに知られちゃうと、いくらあの発情期王子おばかさんでもさすがに哀れだから」

「……うーん。よくわからないけど、私が知ってしまうとその人が悲しむってこと? だったら仕方ないけど」


 残念そうなミオソティスにアルビジアは一言、「ごめんね」と笑う。そんな仲良し姉妹の隣ではカーバンクルが遠い目をして、今頃ひどい目にあっているであろうオルロフに思いをはせていた。


 すみませんよぅ、兄さん。私、ねえさんにはなぜか逆らえないんですよぅ……



 ※ ※ ※ ※



 そもそもの事の発端は、オルロフがマラカイトで勿忘草色の着物を見つけたことだった。それをたまたまパーウォーのところにお使いに来ていたカーバンクルが見ていて、そのことを何の気なしにアルビジアに喋った。


「あんのバカエロ王子、まだ懲りてないのね」


 「うふふふ」と、地の底から響くような、妙齢の女性には少々不似合いな笑い声をもらすアルビジア。


「ティスがそっち方面疎いのをいいことに、毎回毎回、よくもまあ妙な服を送り付けてきてくれるわよね。魂胆見え見えなのよ! 結婚するまで待てもできないなんてほんと、とんだ駄犬だわ」 


 嫌な予感にその場を逃げ出そうとしたカーバンクルだったが、残念ながら一足遅かった。飛んで逃げようとしたその瞬間、足をつかまれ引きずり降ろされる。

 かたかたと震えながら振り返ったカーバンクルの目の前、そこには満面の笑みを浮かべたアルビジアのかわいらしい顔があった。


「カーバンクル。お使い、頼めるわよね?」

「よ、喜んで! ですよぅ」


 満足げにうなずくアルビジア。そんな彼女からのお願い指令、それは…………


「パーウォーさまー、あの勿忘草の着物のことで、追加注文だそうですよぅ」

「あら。カーバンクル、さっきぶり。ってアンタ、いつから極夜国の使い魔になったのよ」

「これには深いワケがあるんですよぅ。それで、追加注文の件なんですけどよぅ……」


 アルビジアがカーバンクルに伝言した内容、それはオルロフの分の衣装も用意するということだった。もちろんそれは、男物などではない。


「オルロフ兄さん用の打掛うちかけを用意してほしいとのことですよぅ。で、花魁おいらんにしてほしいそうですよぅ」

「あら素敵! うんうん、いいわよぉ。オルロフちゃんに似合う最高の打掛、お取り寄せしなきゃだわぁ」


 カーバンクルははしゃぐパーウォーに簡単な挨拶を済ませ店を後にすると、あわれなオルロフの末路を思ってそっと涙を流した。


 兄さん、少しはむっつりになった方が身のためですよぅ……

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