20.百禍の魔法使い

「あのぅ……盛り上がっているところ大変申し訳ないのですがよぅ、こちらからも少し説明させてもらいたいんですよぅ」


 すっかり蚊帳の外に置かれていたカーバンクルが、またもや間の抜けた調子で割って入ってきた。


「ああ、そういえばいたのね。忘れてたわ」

あねさん、そりゃないですよぅ」

「ちょっと、変な呼び方しないでよ。何でティスはお嬢さん呼びなのに、私は姐さんなのよ。そこはお嬢様とか女神様とかにしなさいよ」


 どうでもいいやり取りで脱線しそうになった二人を軌道修正したのは、眉間に深い皺を刻んだオルロフだった。


「そんなこと、今はどうでもいいだろ。それより蛙もどき。こいつの守護石、これは一体どういうことだ?」


 オルロフの言葉に、全員の視線がミオソティスの左目の守護石に集まった。

 柔らかい光沢をまとう黒い守護石の中心部分、今そこには、薄青の小さな花が存在を主張していた。


「な、何? みんな、そんな顔してどうしたの? 私の守護石がどうかしたの?」


 皆が驚いている理由がわからず、ミオソティスは不安そうな顔でこの状況の発端となったオルロフを見た。するとオルロフは少し困ったような顔で部屋を見渡し、鏡台をみつけるとアルビジアに目配せをする。それにアルビジアは小さくうなずくと、鏡台から小さな手鏡を持ってきてミオソティスに手渡した。

 ミオソティスはよくわからないまま渡された手鏡をのぞき込む。そしてそこに映しだされた自分の守護石を見て、初めて皆が驚いた理由を理解した。


「じゃあ納得していただけたところで、そろそろご説明させていただきますよぅ」


 ちゃっかりミオソティスのベッドの上でくつろいでいたカーバンクルが、ようやく使い魔としての仕事を再開した。


「まず、騒動の発端なんですがよぅ……あの、怒らないでくださいよぅ?」

御託ごたくはいいからさっさと喋れ。聞いた後で判断する」


 予防線を張ろうとするカーバンクルを、オルロフが一刀両断でばっさりと切り捨てた。


「はいぃ。そのですね、今回のことはぁ、ご主人の嫁探しの一環で起きた不幸な出来事というか……」

「は?」

「いえ、だからですね、ご主人も故意でやったことではないんですよぅ。信じてくださいよぅ、決して悪気はなかったんですよぅ」


 ベッドの上で平身低頭してなんとか先に許しを得ようとするカーバンクルの言葉に、その場の一同が同時に深く大きなため息をついた。


「百花……いや、さすが百禍の魔法使いだな。なんなんだ、その理由は。聞きしに勝る迷惑千万さだな」

「呆れた。何? アンタのご主人様は蓮華姫と結婚したくて、こんな騒動起こしたの? とんだ色ボケね」

「じゃあ、カーバンクルさんのご主人様っていう人は、もしかしてロートゥス様に振られて仕返しでこんなことをしたんですか?」

「ち、違いますよぅ! あ、迷惑千万とか色ボケってのは否定しませんけど、振られた仕返しっていうのは違うんですよぅ。確かにご主人は考えなしでずれてて一般常識は欠如してますけど、そんな底意地の悪いことをする人ではないですよぅ」


 ミオソティスの疑問を必死で否定すると、カーバンクルはかばっているんだかけなしているんだかわからない擁護ようごをした。そして仕切り直すように一度咳ばらいをすると、騒動の顛末てんまつを語り始める。



 百花の魔法使いは、自分を愛してくれる唯一を探していた。

 それは種族を問わず、人間から人魚や妖精、果ては幻獣の王といわれる竜さえも。はっきり言えば、性別が女で好みの範疇はんちゅうでさえあれば、片っ端から声をかけていたのだ。しかし、目の付け所が悪いのか節操なしな性癖のせいなのか、未だ百花の魔法使いに愛をくれる者はいなかった。


 そんな魔法使いが最近目を付けたのが、夜明けの至宝とうたわれていた蓮華姫ことロートゥス。魔法使いは極夜国ノクスに張り巡らされた幾重の結界を潜り抜け、ロートゥスの前に現れた。そしてその場で愛を乞うたが、想い人がいるからとあっさり振られてしまった。


 しかし、そこからが本当の災いの始まり。魔法使いは生来のお節介を発揮し、ロートゥスの恋を応援することにした。だから魔法使いは、『愛に応えて』という花言葉を持つ黄水仙と、『君を愛す』という赤い牡丹一華アネモネをお守りだと言ってロートゥスに贈ったのだ。

 けれど、そこはやはり百花の魔法使い。お守りに込めた魔力は膨大だったが、肝心の精度は少々、いや、かなり心許なかった。結果、黄水仙は『愛に応えて』ではなく、よりにもよって『自己愛』の方を誤発動した。それによって暴走したロートゥスの手によって、牡丹一華の方は『嫉妬のための無実の犠牲』を発動させてしまったのだ。


「…………というのが、今回の騒動なのですよぅ。で、ご主人が蓮華姫さんの恋はうまくいったかなぁって何気なく様子をのぞいたら、丁度こちらのお嬢さんに呪いがかけられたところだったんですよぅ」


 カーバンクルの話を聞いて、ミオソティスはロートゥスのあの不安定さにやっと納得がいった。魔法で無理やり心を歪められたせいで、あんなにも言動が支離滅裂になってしまっていたのかと。


「で、ご主人は大慌てで私にあの花を届させたんですよぅ。本当はご主人がここへ来るはずだったんですけど、ちょっと無理な状況になってしまって……。でもその時、ちょうど兄さんが現れたんですよぅ」

「それでこれ幸いと俺を使ったのか。聞けば聞くほど、本当にどこまでも迷惑な生き物だな、魔法使いというのは」


 オルロフは忌々しげにカーバンクルを睨むと、吐き捨てるように言った。それにカーバンクルは、「魔法使いってのはそういうものなんですよぅ」とミオソティスの陰に隠れながら答える。


「ロートゥスの方はわかった。じゃあ、こいつの目がこんな風になったのはなんでだ?」


 オルロフの言葉に、改めて皆の視線がミオソティスの左目に集まる。青い花を宿した黒玉。虫入りや花入り琥珀の守護石ならばなくはないが、花入り、しかも生花入りの黒玉など見たことがない。いや、正確には内包しているのではなく、押し花のような形で表面に貼りついているのだ。

 ミオソティスとしても自分自身のことなので、そこはしっかりと聞いておきたかった。それにその左目だが、どうやら視力を失ってしまっているらしい。だからこそ目覚めた時、てっきり眼帯をしているものだと思い込み油断してしまったのだが。


「お嬢さんの目のことですが、それはこちらとしても想定外なのですよぅ。ご主人のかけた魔法は、真実の愛でお姫様の目を覚ます。という魔法だったのですよぅ」


 ミオソティスは先ほどからのカーバンクルの話を聞いていて、百花の魔法使いという人は随分な夢想家なのだなという印象を受けていた。花言葉を操る魔法、恋に恋して半身を見つけるために東奔西走、そして真実の愛にお姫様。なんだか微笑ましいなと思うと笑みがこぼれてしまい、ミオソティスは皆から怪訝な目を向けられる破目になった。

 

「笑ってる場合か。お前自身のことなんだぞ」

「ごめんなさい、つい。ところでカーバンクルさん。その私の左目なんだけど、見えなくなっちゃったみたい」


 まるで挨拶でもするかのように、朗らかに失明したことを告げたミオソティス。一瞬で場の空気が凍りつき、全員が絶句した。

 そして次の瞬間、アルビジアとオルロフの手が同時に伸び、しかもきっちり両側からそれぞれカーバンクルの腕を掴みあげた。


「ぎゃぁぁぁぁ‼ いだだだ、痛い痛い! ちょっ、引っ張らないでぇぇぇ」


 無言でカーバンクルを引っ張る二人の間に、ミオソティスが慌てて止めに入った。


「待って待って! 二人とも、ちょっと落ち着いて」

「そうよね、ごめんなさい。ここじゃティスの部屋が汚れてしまうものね」

「そうだな、珍しく意見が一致したな。じゃあ向こうで……」

「いやぁぁぁぁ! 助けてご主人ーー」


 カーバンクルは右腕をアルビジアに、左腕をオルロフに、そして両脚をミオソティスに掴まれ、空中でうつ伏せにされた状態で必死にもがいていた。しかし、額の赤い石から光が放たれた途端、突然まったく動かなくなってしまった。

 怪訝に思ったオルロフがひっくり返すと、気絶してぐったりとなっているカーバンクルの額の石から若い男の声が聞こえてきた。


「お怒りはごもっともだと思うけど、これ以上この子に当たるのは勘弁してあげてくれないかなぁ」


 使い魔同様、のんびりとしたその話し方。それを聞いた瞬間、オルロフの眉間には特大に深い皺が刻まれた。


「お前が諸悪の根源、百花の魔法使いか」

「あはは、ひどい言われようだねぇ。でもね、僕も今回のことは、本当に悪いとは思っているんだよ。だからこそ、こうして事態を収拾しにきたでしょう?」


 言葉とは違い、まったく悪びれた様子のない魔法使いに、オルロフの眉間の皺はさらに深まる。そして、目覚めてからまだ全ての事情を把握はあくできたわけではないミオソティスには、ハラハラしながらも二人のやり取りを見ていることしかできなかった。


「そうそう、黒玉ジェットのお嬢さんの目だけど――」


 気絶しているはずのカーバンクルの首がぐりんと回り、いきなりミオソティスの方に向けられた。その不気味な様に、ミオソティスは思わずのけぞり息をのむ。しかしそんなことにはお構いなしで、魔法使いは自分のペースで話を続けた。


「どうやら僕とそこの王子様の魔力が変に混じり合って、それで君の左目の視力と加護の力、消しちゃったみたい」


 どこまでも軽くあっけらかんと反省の感じられないその魔法使いの口調に、とうとうアルビジアとオルロフの堪忍袋の緒が切れた。


「ふざけるな‼」

「ふざけないでよ‼」

「待って、二人とも落ち着いて!」


 激昂げきこうしてカーバンクルに掴みかかった二人を、ミオソティスがとっさに制止する。ミオソティスはオルロフからカーバンクルを奪い取ると、額の赤い石に向かって語りかけた。


「私の加護の力が消えたってどういうことですか? 詳しく教えてください」

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