6.結婚しようそうしよう

「そうだった! 私、殿下にお願いがあって探していたの」


 オルロフと出会ってから色々と迷走していたミオソティスは、ここにきてようやく本来の目的にたどり着いた。


「俺の嫁になりたいってんなら、もう少し肉と色気をつけてから出直して来い」

「ち・が・い・ま・す! もう、そうじゃなくて。……殿下、どうか私に力を貸していただけないでしょうか」


 ミオソティスの即答につまらなそうな顔をするオルロフ。


「言っとくが権力ならないぞ。なんせ第五王子だしな」

「それも違います。私が貸してほしい力は、殿下の守護石の力です」


 ミオソティスの言葉に、それまで穏やかだったオルロフの顔が険しくなった。


「お前は、俺の守護石の力を知っていてなお、それを望むのか?」


 まるでとがめるような視線にひるみそうになりながらも、ミオソティスはオルロフをまっすぐ見つめ返し、答えた。


「はい。私の願いはただ一つ。自らの守護石の力を、消し去ることです」


 ミオソティスの答えに、オルロフの眉間のしわがより深く刻まれた。次いで心底呆れたとでも言うような、長い長いため息。それが終わると、オルロフはとても疲れた顔でミオソティスを見た。


「なぁ……お前、本当に俺の力のことを知っててそれ、言っているのか?」

「もちろん! 消滅の加護ですよね。……ええと、色々なものを消せる力、でしょう?」

「えらいざっくりだな。どんな大雑把な力なんだよ、それ」


 オルロフは本日何度目かわからないため息をつき、憐れみを浮かべた顔でミオソティスを見た。


「いいか? 俺の守護石、黒色金剛石ブラックダイヤモンドの力は――消滅――。俺を中心にして、一定の範囲内の全ての加護の力が無効になる。ただし、その範囲から外れさえすれば、力は元に戻る」


 オルロフの説明を聞いたミオソティスの顔が、みるみる落胆に染まってゆく。そんなミオソティスに、オルロフは「まだ続きがある」と説明を続けた。


「なあ、何でとっくに結婚適齢期を迎えていて、なおかつ第五王子という気楽な身分で、さらには見た目も悪くない優良物件の俺がまだ独身だと思う?」

「すごいわ。自分で自分をそこまで褒め称えられるなんて。だからじゃない?」

「……お前、結構口悪いな。まあいい。で、俺が優良物件なのは事実だろう? それなのに俺が未だ独りでいる理由、それはもう一つの力のせいだ」

「もう一つ!? でも、加護の力は一人に一つのはずよ」

「ああ、俺に与えられたのは消滅の力だけだ。でもな、その消滅の力の中に、一定の条件を満たすと発動するっていう、厄介極まりない力も含まれていたんだよ」


 オルロフはミオソティスから視線を外すと、忌々しそうに舌打ちをした。


半身はんしんとなる者の加護の力を完全に消去する。それが俺の、もう一つの力だ」


 オルロフはうんざりした顔で、「だから独身なんだよ」とつまらなさそうに呟いた。


 極夜国ノクスに暮らす石人いしびとたちは恋愛結婚至上主義。彼らはすべてを捧げる魂の片割れを、その生涯をかけて探す。

 では、なぜ石人たちがそこまで恋愛にこだわるのかといえば、それは彼らの難儀な性質にあった。石人には――半身――と呼ばれる、運命のつがいが存在する。それを見つけてしまうと彼らは、半身以外はまったく目に入らなくなってしまうという、とても偏執へんしつ的で盲目的な種族だった。半身への欲求は石人の本能。だからひとたび出逢ってしまえば、彼らは何人なんぴとたりとも、その欲求に抗うことは出来ない。

 もちろん全員が全員、己の半身を見つけられるわけではない。なにせ半身は、同種族だけとは限らないからだ。だから半身以外と穏やかな恋をして添い遂げる者もいるし、だ見ぬ己の半身を見つけるため、外の世界に飛び出していく者もいる。

 そうやって石人たちは、己の半身を見つけるまでたくさんの恋をする。死が分かつまで、共に在り続ける自分だけの唯一を見つけるために。


 ミオソティスはだしぬけにオルロフの両手首を掴んだ。それはまるで『逃がさない』とでも言わんばかりに、渾身こんしんの力を込めて。そして――――


「結婚してください!」


 と叫んだ。


「断る!」


 オルロフも叫んだ。はっきりきっぱりしっかり、しかも間髪かんはつれず。


「何でですか⁉ だって、独身なんでしょう? お互い利害も一致したことですし、私でもいいじゃないですか」

「一致してない! 何で俺が半身でもない、お前みたいなちんちくりんと結婚しなきゃならないんだ。そもそもお前、俺の嫁になる気ないって言ってただろうが」

「ちんちくりんって……傷つきました! 責任とって結婚してください。あと、女心は移り気なんです。いつまでも過去にこだわっていたらだめですよ」

「断る。お前、そんなんで傷つくタマじゃないだろ。それに石人俺たちの半身至上主義は知ってるだろ? だから、今すぐこの手を離せ」

「知ってますけど……ほら、もしかしたら私が殿下の半身かもしれないじゃないですか。それに違ったとしても、半身以外と添い遂げる人たちもいますよ。だから、とりあえず結婚してみましょうよ」

「ありえん! お前、阿呆だろ」


 しばらくの間、静かな迷いの森に「結婚」、「断る」という不毛な言い合いがこだまする。


「……お前、かなりしつこいな。かしこまってたお前はどこ行った」

「だって、殿下が仰ったんじゃないですか。畏まるなって。それに、今は少しだけですけど、わかったので。殿下、オルロフ様は、なんだかんだでお優しい方だって」


 そう言ってにっこり笑ったミオソティスに、オルロフは何とも言えない表情を返す。そんな二人の間に束の間、沈黙が降りた。


「なあ、なんだってお前は、そんなに自分の力を消したいんだ? 普通、力の強弱はそこまで気にしないが、加護の力そのものは失いたくないはずだ。だからこそ皆、俺には近づかない。おかげで俺はいまだ半身どころか、伴侶も見つからない」

「それは皆、自分の力が好ましいもの、少なくとも忌まわしいものではないからですよ。でも私は、自分の力が嫌いです。私の守護石は黒玉ジェット。加護の力は――忘却――」


 うれいを帯びた、痛々しい作り笑顔で自分の力を語るミオソティス。そこには先ほどまでの子供っぽい姿はなく、悲哀と諦念が色濃く影を落としていた。

 その姿になぜかオルロフは胸が締め付けられ、無意識に手を伸ばしそうになっていた。しかし、幸いすぐに我に返ったためその場は事なきを得たが、今し方取ろうとした己の不可解な行動にオルロフの胸中は穏やかではない。初めて感じるその感覚に、オルロフは戸惑いを隠せなかった。

 しかし、そんなオルロフの様子に気づくことなく、ミオソティスは淡々と話を続ける。


「私の力は、私の守護石を見た人の中から、私の記憶だけを消してしまう力なんです。しかも、私はこの力を制御できない。だから守護石を隠して力を消そうとしたのに、そうするとみんな嫌そうな顔をする。……じゃあ私は、どうすればよかったの?」


 困ったように笑うミオソティス。そんな彼女にかける言葉が見つからず、押し黙るオルロフ。

 確かにオルロフの力ならば、ミオソティスを一時的には救えるかもしれない。けれど、ミオソティスの求める完全消滅の力は、あくまでもオルロフの半身にしか発揮されないのだ。真実、ミオソティスがオルロフの半身であれば何の問題もないが、違った場合は? もしもミオソティスを伴侶に迎えた後、オルロフに半身が現れてしまったら……? 冗談で了承できることではないため、オルロフは真剣に考える。とはいえ、考えたところで今すぐ答えが出るものでもないのだが。


 一方、眉間に皺を寄せてうんうん唸るオルロフを見て、ミオソティスは今更ながら己の浅慮せんりょさへの自己嫌悪と罪悪感にさいなまれ始めていた。

 つい興奮して言ってしまったが、よくよく考えなくてもミオソティスの行いは非礼もいいところ。相手の意志など一切かえりみず自分の要求だけつきつけ、挙句相手の人の好さに付け込もうとしていたのだ。


「ごめんなさい、冗談です、冗談! だから、そんな真剣に悩まないでください。つい悪ノリしてしまったんです。本当にごめんなさい」


 はたと我に返ったミオソティスは己を恥じ、慌てて今までのことは冗談だと言い訳を始めた。

 けれどオルロフは、今更すべてなかったことにしようとするミオソティスの態度がなんだか無性に気に入らなく。最初に拒否したのはオルロフ本人なのに、いざミオソティスが引いてしまうと、それはそれで面白くない。


「冗談、ねぇ。……ま、そうだよな。お前みたいなお子様に、この俺を口説き落とすなんて無理な話だったよな。そうだよな、そりゃ冗談だよな」


 オルロフは小馬鹿にしたような笑みでミオソティスを見下ろす。すると根が単純なミオソティスは、そんなオルロフの挑発にあっさりと引っかかってしまった。


「確かに色々失礼なことをしてしまったのは謝ります。でも、だからってお子様お子様って失礼だわ! 私だって成人した一人前の淑女レディよ。夜会にだって参加できるし、男の人に口説かれたことだってあるって言ったでしょう」

「へぇ……お前みたいなお子様を口説くなんて、そいつは随分なもの好きなんだな」


 先ほど同じことを言った時は、笑ってバカにしてきたというのに。なぜか今回はオルロフの顔から笑みが消え、その言い知れぬ圧力にミオソティスは思わずたじろぐ。少しでも目を逸らしたら負けるような気がして、泳ぎそうになる目を必死にとどめると見返した。

 明らかに怯えているのがまるわかりなのに、それでも負けじとオルロフを睨み返すミオソティス。そんな窮鼠きゅうそのような姿に、オルロフは奇妙な満足感を覚えていた。

 皮肉気な笑みを貼り付け、意地悪げにミオソティスを見下ろすオルロフ。それに負けん気を刺激され、売り言葉に買い言葉でミオソティスはオルロフに宣戦布告してしまった。


「本当に失礼だわ! しかもとんだ自惚れ屋ね。いいわ、見てらっしゃい。今に貴方の方から私に愛を請わせてみせるから‼」

「はは、楽しみにしてるぞ、ちんちくりん。もし万が一、お前が俺の心を捕らえることができたその時は、潔く結婚でもなんでもしてやるよ」

「ミ・オ・ソ・ティ・ス! 人の名前くらいちゃんと覚えなさいよ」


 怒りで頬を紅潮させるミオソティスをからかうのがよほど楽しかったのか、オルロフはその後もお子様だの色気ゼロだの散々な態度だった。



 ※ ※ ※ ※



 あの宣戦布告の日から、ミオソティスは毎日森に通っていた。

 オルロフを見返す。ただ、そのために。


「ねえ、オルロフ様はこんなところに何をしに来ているの?」

「お前に会いに来てる」

「え⁉」

「なんてこと、あるわけないだろう。仕事だ。子供には関係ない」


 ミオソティスをからかいつつ、オルロフは大きな石碑の前でいつも何か作業をしていた。ミオソティスも覗き込んでみたが、何をしているのかまったくわからなかった。

 ただ一つわかったことといえば、その石碑は誰かの墓らしいということ。


「ねえ、オルロフ様のお仕事って何なの? 魔術師だって聞いたことはあるけど、魔術師ってお城で仕事しているんじゃないの?」

「俺は魔術師だが、城にいるやつらとはちょっとやることが違うんだよ。毎日毎日森の中じゃ出会いなんざないし、墓守なんて呼び名のおかげで気味悪がられて、余計に嫁の来手がないしな」

「だったら今、貴方のすぐそばに可愛らしい女の子がいるわよ」

「見えんな。ほら、仕事の邪魔をするな。あっち行ってろ」


 オルロフはミオソティスの方を見もせず、しっしと手を振り邪険に扱う。しかし、この数日でミオソティスもそのぞんざいな態度に慣れてしまっていて、「はーい」と素直に従っていた。

 手持ち無沙汰になってしまったミオソティス。けれど彼女はすぐに懲りもせず、オルロフにたわいない話題をふった。


「ねえ、オルロフ様は花、好き?」

「興味ない」

「私はね、好き。家でもよく図鑑や花言葉の本を眺めているの。でも、極夜国には花なんて咲かないじゃない? 私、どうしても実物を見てみたい花があるの。だからいつか、それを見に外の世界へ行ってみたい」

「物好きだな。で、いったいどんな大層な花が見たいんだ?」


 おざなりながらも何だかんだで会話に付き合ってくれるオルロフに、ミオソティスから笑みがこぼれる。


「何笑ってるんだよ。で?」

「ごめんなさい。私が見たいのはね、勿忘草わすれなぐさ。私の名前の花」

「……ふーん。ま、いつか見られるといいな」


 しばらくすると作業が終わったのか、オルロフは荷物をまとめ帰り支度を始めた。


「明日も来るの?」

「知らん」


 これもまたここ数日、毎度交わしているやり取りだ。


「わかったわ。じゃあ、また明日ね」

「も・う・来・る・な」


 眉間にしわを寄せものすごく嫌そうな顔でそう言い残すと、オルロフは一人でさっさと霧の中に消えてしまった。その後ろ姿を見送り、ミオソティスは一人ため息をつく。

 ミオソティスが何を言っても、オルロフは子供扱いをする。愛を請わせてみせると大口を叩いたものの、毎日からかわれるだけで一向に女性扱いしてもらえない。


「私、そんなに子供っぽいのかな」


 なんとなく自分の体を見下ろしたミオソティス。すると思っていたより見通しのよかった視界に、何とも言えない遣る瀬無さがこみあげてきた。


「寄せて上げるコツ、帰ったらジアに聞こう……」

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