第3章 スミレ色の「何か」

 結衣ちゃんが「待って。あの絵は仕舞ってほしいって頼んだのに」と、やや泣きそうな声で言っていたのが気になったけれど。

 廉はおばあちゃんに案内されて、一階奥のひっそりした部屋に案内される。

 

 おばあちゃんが障子を開ける。

 色鮮やかな絵の群れが飛び込んできた。

 日本画だった。


 アゲハチョウがひらりと一匹、

 水色の空を舞う日本画。

 中国の山林を思わせる深い山奥を描いた日本画。

 他にも、麒麟なのだろうか。中国の想像上の生き物を描いた巨大な日本画。


「あれは全部、わたしの絵だよ。お前さんは何を見にここまで来た?」


 おばあちゃんにきつい目でにらまれて、廉はアトリエの中にあるキャンバスに気づく。


 描きかけの絵だし、おばあちゃんの絵とタッチが違う。何より! それは油絵だ。


 白地に紫色の絵の具が乱暴なような、それでいて繊細なような筆使いで何重にも塗りたくられた、どこか奇妙な絵。


 その形が何なのか。

 彼女の中にあるものが何なのか。


 怖いような気がするけれど、目を離せない。

 これが「桜澤結衣」の絵。


「おばあちゃん。この紫色って」

「スミレ色なんだよ」


 おばあちゃんは不敵に微笑む。


「あの子はそう言ってた。昨日会った誰かさんにインスパイアされて、今朝から熱心にアトリエにこもってたんだよ」

 

 おばあちゃんはそれだけ言って、向こうに行ってしまった。


「忍田先輩」

 結衣ちゃんがかわりに現れて、ちょっと泣きそうな目をして言う。


「嫌ですよね。こんな絵。先輩にもっといい絵を見せたかったな。わたしの中の『先輩のイメージ』。バレリーナの衣装を熱心に見てたこと、和風カフェに驚いてたこと。何より、素顔を見たのが」


 結衣ちゃんはどこか恥ずかしそうにしている。続きはなかなか言ってくれなかった。


「じゃあ、この『スミレ色』って俺なんだ」

 廉は一応、確認する。


 結衣ちゃんは小さな声で「はい」と答えていた。




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