第1章 寝坊した日②

「結衣ちゃん」というスレンダー女子と廉を乗せたバスは、のんびりと川を渡る。千葉県から埼玉県の県境をいつの間にかまたいだ。


 周辺に田んぼが増え始める。ただ、のどかな田園風景はそんなに長時間は続かない。もう少しバスが走ると途端に市街地になる。


 バスは、市街地の中の「光ヶ丘高校前」で止まった。廉は降りようとした。しかし、ふと気になって、「結衣ちゃん」を見てしまう。


「ねえ、降りないの?」


 まるで女子みたいな言葉遣いで、慎重に言葉を選んで聞いてしまった。 


 スマホをいじってて乗り過ごしかけた、とかならまだわかる。でも、そういうのでもない。あえて言うなら、空想にふけってたのか?


 あくまで、これは想像でしかない。


「高校前」のバス停で彼女が降りる素振りがなくて、何か考え事をしていたようなので、声をかけてあげた。ただそれだけだ。


「あ、すみません。降りまーす」


「結衣ちゃん」はパッと我に返った。大きな声で言うと、非常にあわててバスを降りた。そして、つまずきそうになりながら、高校まで走っていってしまった。


「変なやつ」

 苦笑していた廉だけれど、「高校前」のバス停に落ちていたあるものに目を止めた。


「これ、あの子のじゃないか?」


 某遊園地のウサギさんのキャラクター。女子がカバンにつけてるぬいぐるみだ。


 ウサギさんはバレリーナなのだろう。水色のヒラヒラしたスカートの衣装を着ている。


 バスに乗っている時に廉は見たのだ。横にいたあの子のカバンに、さっき、これがついていた。そして、今、道端に落ちている。 


 バスを降りた時に、誰かの持ち物と擦れて落としてしまったんだろうか。廉は慎重に、ぬいぐるみを両手で拾い上げた。

 

 幸い、金具は壊れてるわけではない。やはり、誰かの持ち物に引っ掛かって、留めるところが一時的に外れてしまったのだろう。


 またバス停で会う時が来たら、返してあげるかな。


 予鈴が鳴り始めたので、ぬいぐるみを自分のカバンにそっとしまう。少し急いで高校まで歩き始めた。


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