可愛いものが好きな生徒会長の、脳内乙女な恋バナ

第1章 寝坊した日①

　四月中旬のその朝、忍田廉（しのだ・れん）は少し寝坊した。

　寝癖がついてしまった髪の毛を丹念に直した。自分は生徒会長。高校三年生。常に威厳を保たなければならない存在だ。幸い、廉の髪はヘアアイロンをある程度の時間、当てるだけでサラサラストレートになる。

　一つ上の姉の紗夜（さや）が、少し前、一人暮らしのアパートに引越していく際に家に置いていったヘアアイロンは、持ち手の部分がピンク色だ。

　度の入っていない濃緑色のメガネをすると、早足で家を出た。父さんも母さんももう仕事。今日は朝ごはん抜きだが、寝坊したのだから仕方ない。

　バスの時間まであと二分だ。

　バス停には同じ高校の制服を着た女子がひとりで待っていた。おそらく一年生だろう。

　えんじ色のリボンが胸元のブラウスの上で少しずれている。それが、横を向いた時にちらりと見えた。指摘してあげようかとも思ったが、初対面の女子に対してそんなことを言うのも悪いしなあ、と思ってやめておく。

　廉はその子の後ろに静かに並んだ。後ろに誰かがすぐに並んだ。

　ところが、バスが遠くの信号あたりに見え始めた頃、「結衣ちゃーん。お弁当忘れたよ。ほれ、しょうがない子だねー」なんて言いながら、サンダルをつっかけたおばあちゃんが勢いよく走ってきた。

「ほんとに、集中すると、からきしドジな子だねー。学校はもう慣れたかい？　おばあちゃんは心配だよー。ほれ、リボンもずらしちゃってまあ」

　どぎつい虎柄のエプロンをした色黒のおばあちゃんが休みなく喋るのを見て、廉の後ろに並んでバスを待っていた会社員の女性が、ぷふっと笑いをこらえてる。

「結衣ちゃん」の顔は真っ赤だ。お弁当を無言で受け取って、言葉の洪水を、うつむいてなんとかやり過ごしてる。

　小柄な女子で、髪は柔らかく丸みを帯びたショートボブだ。色白なので、頬が真っ赤だとすごく初々しく可愛い。