5 お風呂場

「最悪だよ……」


 帰り道を歩きながら、私はポツリとつぶやいた。


 今日から中学生。

 おろしたての制服。

 新しい学校、新しいクラス、新しいクラスメイト。


 フツー、これまでのすべてがリセットされ、めちゃくちゃフレッシュな世界が来るもんじゃない?

 なのに――私の場合、色んな過去が、「うぉりゃあ!」と襲いかかってくる。


       〇


「風の噂で聞いたんだけど……ママがきみを置いて、海外の恋人のとこに行ったって、本当かい?」


 あのあと、職員室に呼ばれた私は、3番目のお父さんにそう聞かれた。


「はい……あの、ホントです」


「二人の時は、敬語を使わなくていい。きみのママとはたしかに別れたけど、私はまだきみのことを自分の娘だと思ってるよ」


「……うん。ありがとう、パパ」


「パパ、か……ありがとう……ありがとうね、すみれ……」


 3番目のパパ、マジで涙目。

 放っておいたら、今すぐにでも号泣。


 言っておくけど、2番目のパパから4番目のパパまで、私のパパは全員良い人だ。

 みんな、私を実の娘のように可愛がってくれた。

 だから私、この3番目のパパも嫌いじゃない。

 だけどこの人が、私のクラスの担任って……。


「じゃあ、すみれはママの家に一人で住んでるの?」


「ううん。今は、おばあちゃんのアパートにいる」


「お義母さんのとこに……そうか、それなら安心だね」


 良かった。

 納得した。

 3番目のパパのこの顔、もしホントのことを言ったら「ウチに来なさい!」とかマジで言いそう。


「ねぇ、パパ」


「ん?」


「パパは、その、再婚とかしてるの?」


「ははははは。するわけないだろ」


 3番目のパパが、わずかにほほ笑む。


「きみのママとは、たしかに別れた。でも、互いに憎み合って別れたわけじゃない。パパはね、今でもきみのママを愛しているよ」


 3番目のパパ、マジ泣ける。

 でもね、3番目のパパ。

 ママは新しい花柄ワンピを着て、ヘラヘラしながら外国に行ったよ……。


       〇


 3番目のパパのことを思い出しながら、私はコーポ・ディッシュに帰る。

 管理人室で制服を着替え、お茶を飲んでひと息ついた。

 そして、思う。


 ねぇ、ママ。

 なんで3番目のパパと別れたの?

 ううん。

 3番目だけじゃない。


 2番目のパパも、4番目のパパも、みんなイケメンで、良い人だった。

 振り返ってみても、イヤな人は一人もいない。


 全員、私のことを本当の娘みたいに思ってくれてた。

 悪いことをしたら、本気で叱ってくれてた。


 なのに――あの人たちはもういない。


『パパはね、今でもきみのママを愛しているよ』


 あの時の3番目のパパ、ちょっとさみしそうだった。

 ママ……あなたはホントにファムファタルだよ。

 男性にとっての『運命の女』。

 『男を破滅させる魔性の女』。


 ママ、どうしてあの人たちと別れたの?

 どうしてそんな風に、男をとっかえひっかえするの?


 でも……そんなことを言っても、きっとママはなんとも思わない。

『ごめんね、すみれ。私、勝手にモテちゃうの』

 それで終わり。


 私は立ち上がり、お風呂場に向かう。

 気分を、変えよう。


 今日は、なんだかんだで色々と汗をかいた。

 帰り道に買った、シャンプーとリンスを試すんだ。

 それからボディーソープも。

 ココロが『やれやれ』なんだから、せめて体くらいはリフレッシュするべきだよ!


 でも外国って、ママは一体どこの国に行ったのかな?

 あの人、英語とか喋れるの?


 たぶんだけど……もうじき私には、5番目のパパができるんだろうな。

 そしてその人も、今までのパパみたいに、きっと良い人だ。

 ママは、イケメンで、性格が良い人ばかりにモテる。

 あれ、何でなんだろ?


 そんなことを考えながら、私は脱衣所で服を脱ぐ。

 よっこらしょ、と、お風呂場のドアを開けた。

 で、そこで私――完全に、息が止まる。


「は?」


 目の前に、人がいた。

 お風呂場だから、もちろん全裸。

 つまり、スッポンポン。


 その人も私に気づき、「ん?」とシャンプー途中の顔で振り向く。

 男の人だから、フツーに、前も隠さない。


「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ――」


 思わず、バスタオルで体を隠す私。


『パラボラアンテナ、好きなの?』


 さっきの彼のセリフが、私の脳内で再生された。

 あ、あの人だ……。

 わ、私のクラスの、隣の席の、自分から話しかけてきといて、そのままよそを向いた、ちょっと意味わかんない人……。


 な、なんであの人が、ウチにいるのぉぉぉぉぉぉぉ?

 ってか、思いっきり全裸ぁぁぁぁぁぁぁ!

 まったく隠す気なしぃぃぃぃぃぃぃ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る