3 おまいう
「おばあちゃん、ひさしぶり! 今日から私、このアパートで――」
『コーポ・ディッシュ』の管理人室。
つまりおばあちゃんの部屋は、シーンと静まりかえっていた。
「買い物にでも行ってんのかなぁ? あ、私の歓迎会、みたいな?」
部屋の中央にある、ちゃぶ台。
その上に、白い便せんが置かれている。
ん?
何?
手紙?
それを手に取り、私は読みはじめる。
すみれへ
中学入学おめでとう。
いよいよ、あなたも大人の世界に、また一歩近づいたんだね。
おばあちゃん、とってもうれしいよ♪
あなたのママから、話は聞いています。
ったく、あの子は昔から、いつだって自分勝手。
おばあちゃんも、ほとほとウンザリしてるよ。
で、聞いたんだけど、あの子、外国に行くんだってね。
今度の彼氏も、なかなかなイケメン&お金持ちって言うじゃない。
ホント、本宮くんが生きていたら、あの子ももっと落ち着いた母親になってたんだろうけどね……。
はぁ……思い出すわぁ、本宮くんの、あの可愛いらしい笑顔。
あなたのママはね、昔からなぜか男の人にモテるの。
おまけにあの子、モテたらついフラフラと恋に落ちちゃうのよね。
ったく、一体誰に似たんだが……。
あの子、母親としての自覚がまったくないの。
ゼロ。
さすがのおばあちゃんも、あの子にはホント、あきれまくってる。
ところで――あなたを預かることになった私なんだけど、実は急用ができてしまいました。
あのね、とっても申しわけない話なんだけど、私、しばらくこのコーポ・ディッシュには戻りません。
ずっとお付き合いしてる男性が、どうしても私に『そばにいて』って言うの。
そんなことを言われたら、彼を一人にはしておけないでしょ?
だから行ってくるね。
東京だよ。
だからゴメンけど、私、あなたの面倒をみることはできない。
でも、あなたはもう中学生。
だから一人で、なんとかやっていけるよね?
今までだって、食事は自分で作ってきたでしょう?
問題ないよね?
でも安心して、今のコーポ・ディッシュには、住人は一人しかいません。
みんなナウいメンションに住みたがるから、いまやほとんど空き部屋状態。
そのたった一人の住人も、まったく害のない人だから安心してね。
その人からのお家賃は、もう一年分もらっています。
だから一年経ったら、追加を請求して。
あなたは、これからこのコーポ・ディッシュの管理人として、水道やガス・お風呂、そういうのの調子を確認してちょうだい。
いい?
電話帳に番号が書いてあるから、何かあったら、業者さんにすぐ連絡すること。
あなたの生活費は、このカードの中に入っています。
くれぐれもムダ遣いしないように!
それからわかってるとは思うけど、友だちをあまり家に連れてこないでね。
たまり場みたいになっちゃったら、ご近所様にご迷惑だから。
彼氏ができても、家の中に入れちゃダメ。
あなたはまだ中学生、ケジメのある生活をしなさい。
いい?
わかった?
しっかりやるのよ。
それじゃあ、行ってくるね。
あなたのスマホの番号は知ってるから、何か用事があったら連絡します。
またそのうち会いましょう♪
元気でね。
チャオ。
「チャオじゃねぇだろ……」
手紙をバン! と、ちゃぶ台に叩きつけ、私は頭をかかえる。
『ったく、一体誰に似たんだが……。あの子、母親としての自覚がまったくないの』
あのね、おばあちゃん。
それ、現代では『おまいう』って言うんだよ。
『お前が言うな』の略。
いや、もしかしたら、もう死語かもしんないけど。
ウチのママは、間違いなく、あなたに似たんじゃないかな?
おばあちゃんは、ママと同じで、若くして結婚してる。
だからまだ40代後半。
で、見た目、これまたスーパー童顔だから、30代くらいに見える。
「親ガチャ、大失敗どころか……ババガチャまで大失敗だよ……」
一人きりの管理人室で、私はそうつぶやく。
一体、何なの?
あなたたち、親子は……。
って言うか、なんで私がこんなアパートの管理人になんなきゃいけないの?
私、まだ中1なんですけど?
いや、中1って言うか、ついこの間まで小6だったんですけど?
おまけに、私、まだ中学の入学式も終わってないんだよ?
そんな女の子にアパートの管理人を任せるとか、おばあちゃんも、ママも、一体何を考えてるの?
ダメだ、この一族……。
ママもおばあちゃんも、保護者としてまったく機能していない……。
まるでめちゃくちゃ歳が離れた、厄介なクラスメイトみたいだ……。
ったく、子どもか、あなたたちは!
恋する乙女一族か!
ビビビビビ……ビビビ……ビビッ……シャーーーーーッ! シャーーーーーッ!
私がちゃぶ台で頭をかかえていると、管理人室の奥から、なんだかミョーな音が聞こえてくる。
それはラジオのノイズに似てて、なんだかミョーにイラッときた。
何?
この音?
無線?
は?
この、インターネットの時代に?
私は、その雑音を完全にシカトする。
今はそれどころじゃない。
ありえないよ!
私、中1女子で一人暮らし?
無理、無理、無理、無理!
誰かに、誰かに相談しないと……。
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