特別編 或る昼食の風景【400PV感謝】
昼休み。
俺は一人教室を出て、別棟にある空き教室へ行く。別に行きたくて行くわけじゃない。行かないと後で面倒だから行くだけだ。
空き教室には既に
俺が椅子に座ると、待ち構えていた春奈がすっとおかずを俺の口に近づける。俺はそれを無言で食う。運ばれる。食う。運ばれる。食う。そこで初めて春奈が自分で食う。三対一の割合で俺は弁当を食う。味は良い。だが量が多すぎる。
会話はない。
いつの頃からか、春奈は無口で無表情になった。この無口で普段はちゃんと生活できているんだろうか?クラスで浮いてはいないだろうか?訊いてみても、目を閉じて静かに首を左右に振るだけなので、俺には何も判らない。
そして春奈は、とにかく俺に物を食わせることに執着した。
俺の家は分家筋で、古くから地域の実力者である本家の隣に居を構えている。春奈は本家の一人娘だったから、その意向に分家筋が逆らうことは難しい。食事の度に春奈はやってきて、俺の口に食べ物を押し込んだ。
それは従妹の強い希望による行為であって、うちの両親がそれに逆らう事は出来なかった。
俺はあの、友人の所へと毎朝楽しそうに弁当を授与しに来る上級生のことを思い浮かべた。すると、食べ物を運ぶ箸が止まる。春奈が無言で俺の目を見ている。俺は頭の中から、友人とその幼なじみを追い出す。すると箸が食べ物を運ぶ。食う。
春奈は無口だがとても勘が良く、また嫉妬深い。俺が趣味に艦船模型を選んだのは完全に好みの話ではあるのだが、流行りの提督系スマホゲーに手を出せない理由はこの従妹の存在にある。
「なあ春奈」
俺は久しぶりに従妹の名を呼んだ。返事はない。
「弁当の量、どうにかならないか?多くて胸やけするんだよ」
「私は、沢山食べるよーくんが見たい」
「俺は沢山食べたくない」
すまし顔で殻の弁当箱を手提げ袋に詰める従妹。
「今さらスポーツマンなんかになるつもりはないけどな、少し痩せたいんだよ俺」
「私は今のよーくんが好き」
「俺は嫌なんだよ。せめて体重フタケタに戻したい」
「ならダイエットメニューにする。それでいい?」
「量が多かったら同じだろうが。量も減らせ」
むむむ、と考え込む従妹。考える必要がどこにあるというのだ。
「でもよーくんとのお食事は、私の唯一の楽しみだから」
「なんか他にしたい事はないのかよ」
「……一緒にケーキ食べたい」
「駄目だ。お前殆ど食わないくせに、ホールで買ってくるじゃないか」
「チッ」
舌打ちしたぞこの女。
「じゃあ今度、どこか連れてって」
「どこか行きたいところはあるんか?」
「よーくんの行きたいところでいい」
「ふーん。ならそのうちどっか行くか」
「うん、約束。じゃあ今日も放課後、待ってるから」
「あいよ」
食事を終えた俺と従妹は空き教室を後にして、それぞれの教室に戻る。胃が重いが、午後に体育のある日でなくて助かった。
中学に入る時に、正式に本家への婿入りの話が決まったと両親から告げられた。親類に多数の候補はいたが、従妹本人の意向で決まったという。これで分家筋としての両親も親類内での序列順が上がったということで、くれぐれも春奈の機嫌は損ねるなと念を押された。
その結果が今の体形だ。
余計な事をしなければ可愛いもんなんだがな。二人きりでも無表情を貫く従妹の顔を思い出して、俺はため息をつく。あれが笑わなくなったのは何がきっかけだったんだろう。小さな頃は良く笑っていた気がする。本家で何かがあったのかも知れないけれど、それを今の俺が知ることは不可能だ。
俺は膨らんだ腹を撫でて自席に着く。午後の授業が終わり次第、従妹を速やかに本家へと連れ帰るまでが、俺の務めだ。今日の夕飯が少な目なことを、俺は心の底から祈った。
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どうもです。
400PVも突破しまして、本当にありがとうございます。本当は200PV突破の時点でおまけを挟むつもりでしたが、ぼやぼやしているうちに400を超えていました。とても有り難いことです。
今回は、昼になるとどっかに行く那須野、放課後何してるか判らない那須野の謎解き回でした。謎ってほどでもなかったですね。
那須野の従妹は安中春奈(あんなかはるな)という名前です。元ネタは駅名です、って鉄道好きならモロバレですよねきっと。でもたぶんもう出て来ません。那須野の下の名前も「よ」で始まるくらいしか考えていないので、実質名無しみたいなものですトホホ。
出てくるキャラがみんな変な人ですが、これは仕方がないんです。常識的な人だとお話が進まないんですよ……なので春奈ちゃんもちょっと変な人になりました。無口でデブ専で偏愛系です。
一応ここも幼馴染になるはずなんですが、本家と分家筋ということで、対等な立場で話をできるのは二人きりの時だけです。ちょっといびつな関係ですね、と書いてる当人が他人事。
メインストーリーはまだ少し続きます。楽しく描いていますので、楽しく読んで頂けたら幸いです。
それでは!
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