第21話 調査その1

 「俺もちょっと調べてみたんだがな」


 那須野は巨体を揺すりながら言った。今日は金曜、明日と明後日は休みだ。


 「Nゲージなら大体素材はABS樹脂だから、プラモ用の水性塗料で塗れる」

 「プラモ用の塗料っていうと、あのちっこい瓶に入った奴か?」


 僕の脳裏には、直径が五百円玉くらいの円筒形をした小瓶が浮かぶ。プラスチックのキャップがついた、なんとかカラーとかそういうやつだ。


 「いや、あれは素人には敷居が高い。筆塗りはムラが出来やすいし、エアブラシなんて高いからな。シリーズで缶のスプレー塗料があるんだよ」

 「スプレーか」

 「そう。タミヤ、クレオス、GM鉄道カラー、ガイアノーツとか色々あるが、まぁ水性塗料なら扱いは大体同じだ。難しくないぞ」

 「ふむふむ」


 そうなのだ。那須野は艦船模型をフル塗装で仕上げると言っていた。だから詳しいのだろう。


 「このへんだとアキヨドがいいかな。あそこのホビーフロアは塗料も充実してる」

 「ほうほう」

 「缶スプレーに限らず模型用の塗料は、キャップの色とか表のシールとかで中身がどんな色かが判るようになってる」

 「おー便利」

 「スプレーは加減が難しいからな。厚塗りにならないよう、二十センチくらい離れたところからサッと吹くのがコツだ」


 右手をスプレーを持っているようにして、すっと左から右に振る那須野。


 「一度で色を付けようとしたら駄目だ。軽く薄く、を何度もやるんだ。大抵の部品にはデコボコがあるから、向きも変えて吹くんだ。シュッ、シュッとな」

 「難しそうだ」

 「言葉にすると難しいんだ。やれば判るよ」

 「そんなもんかね」


 那須野はにいっと笑う。


 「未知の領域はいつもおっかなく見えるもんだ……ああそうそう、塗る前には必ず、部品を中性洗剤で洗って、油を落としておけよ。ムラになる」

 「台所洗剤でいいかな?」

 「それでオッケー。それと、スプレーするその先には段ボールか何かで壁を作っておけ」

 「壁?」

 「塗料が飛ぶんだよ。ベランダとか公園とか、風通しのいいところで吹くのは当然だが、周りを汚しちゃいけない。ベランダなら下に新聞紙も敷いた方がいいな。まぁ本格的なモデラーになると、室内に塗装ブースくらいは作るらしいが」

 「那須野は持ってないの?」

 「俺は自宅のベランダで段ボールだ。金ないしな」


 最終的にはそこに行きつく。資金難は高校生全般における一般的な悩みなんだろう。


 「あとそうだ。お前まさかパーツを手に持って塗装するつもりじゃないだろうな?」

 「えっ、違うの?」


 やれやれ、といった風に那須野が肩をすくめる。


 「そんなことしたら、手が塗料でベッタベタだぞ。割箸とかに両面テープで固定してやるんだよ。で、塗ったらそのままどこかに刺しておけば楽に乾かせる」

 「おお天才」

 「これも、金出せば専用の器具が買える。高いけどな」

 「高いよなきっと」


 プラモの塗装にしか使わないような道具が、安いはずがない。量産効果がないからだ。


 「だから俺なんかは、百円ショップで発泡スチロールのブロックを買って、それを台座にしてるんだ」

 「ほほう、百均すごいな」

 「道具と知恵は使いようだ」

 「いやー、さすがベテランは違うな」

 「ははは、大したことないって」


 謙遜する那須野の背後から、じっと見つめる視線に僕は気づいた。気付いてしまった。あからさまに警戒の光を放っている。王蟲……



 「ずいぶん盛り上がってるわね?」



 表情だけはにこやかに、会話に割って入る磐梯いずみ。どん、と弁当箱をカタログの上に置いた彼女は、そのままの笑顔で僕と那須野を交互に見るのだった。





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