第22話 調査その2

 「はい今日のお弁当」

 「ありがとう」


 最早毎朝の儀式となったお弁当授与。


 何も教室で渡さなくても、家でいいじゃないかと提案はしたのだけれど、真一の荷物を増やしたくないという理由で突っぱねられて今日に至る。まあ磐梯いずみがそれでいいと言うのなら、別にいいんだけれど。


 とにかく、腰を折られて会話が途切れてしまった。何か雰囲気がおかしいので、僕は少し慌てる。


 「あ、ああ、こいつがこないだ話した友達の那須野。プラモに詳しくて、色々教えてもらってるんだ」


 そして逆の紹介も……不要だろうけど一応する。


 「これが二年の磐梯いずみ。僕の幼なじみ」

 「どうも、那須野です」

 「え?ああ、この人?精密ドライバーの人って」

 「そうそう。彼に教えてもらったんだ」


 あっ、いずみの瞳から警戒色が消えた。


 「ども、磐梯いずみです。真一にいろいろ教えてあげてね」

 「ええそりゃもう。ビギナーに教えるのは、オタクの喜びですから」

 「いいお友達が出来て良かったわね、真一」

 「なんだその保護者面」


 なんだかよく判らないけれど、とりあえず変な空気は回避されたようだ。


 「それじゃ私行くね、じゃまた」

 「おー、ありがと」


 スキップするように教室を出ていく磐梯いずみ。なんだあれ?


 「……なんかすごいご機嫌だったな」

 「よく判らん。判らんけど、とりあえず今日帰りにアキヨド行ってみるよ」

 「おー。青だけでもものすごい種類あるからな、頑張って選べよ」


 僕の心は既に、まだ見ぬ塗料売り場に向かっていた。ああ早く放課後にならないかな。




 ……という僕の願いは見事に断ち切られた。




 昼休み、いつも通りに一人で昼食を取るべく、弁当の包みを開く僕の前に立つ人影。


 前の席の奴が戻って来たのかな?まあ関係ないか。周囲の席の連中とは、義務以上での交流はしていない。周囲はいつも空席になる昼休み、気にする必要もない。


 ガタゴト、と椅子を引きずる音がする。そしてどん、と僕の机に何かが置かれた。



 弁当箱だ。



 僕が顔を上げると、そこにはにっこり微笑む蔵王ひかりの顔があった。


 「松島くん、一緒に食べましょ」



 えっ?



 僕は自分の耳を疑った。あれ?今なんて言ったこいつ?


 「帰宅部同士、親睦を深めましょ」

 「いや、帰宅部同士って」


 蔵王ひかりは僕の言葉を聞き流して、弁当箱の蓋を開けた。焦げ焦げの卵焼き、一見してレトルトと判るミートボール、殻を剥くのに失敗して表見がでこぼこなゆで卵、そしてその一角だけ綺麗なブロッコリーの緑。ご飯の中央には梅干し。


 「お弁当作りって案外難しいのね」

 「いや、えっと」

 「松島くんはいつも素敵なお弁当で羨ましい」

 「そ、そうかな」


 言われてみれば、確かに磐梯いずみの作る弁当はよく出来ている。基本的におかずは昨日の夜に出たもののアレンジだったり、今晩の先取りだったりするのだけれど。


 考えてみたら、あいつは松島家と磐梯家という二つの家庭の台所を牛耳る存在になっているのだ。それぞれ別のおかずから弁当の具材をチョイスしているのだから、バリエーションも豊富になって当然である。


 「今日さ、帰りにどこか寄る?」

 「ん?ああ、アキヨドに行こうかと思って」

 「じゃあ私も行く。ヨドバシの中って本屋さんあったよね?」

 「前はあったと思ったけど、確か閉店したよ」

 「あら残念。そしたら駅前の本屋さんにしましょ」


 スマホを見ながら蔵王ひかりは言う。


 「やっぱりね、ちゃんと本で勉強するって大切みたい。ネットのレシピは、基本が固まってから見るべきだって思い知ったわ」


 焦げ焦げの卵焼きを箸でつまんで、蔵王ひかりはにっと笑った。僕もつられて笑った。






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