第23話 購入その1
「ねえ、どっちがいいと思う?」
可愛らしく首をかしげる蔵王ひかりの手には、二冊の手引書があった。
『五分で出来るお弁当のおかず』と『簡単に作れるお弁当のおかず』。
「似たようなのがいっぱいあって難しい」
「ふむ」
どちらの本の表紙も、可愛らしく美味しそうな、いかにもなお弁当の写真で飾られている。正直、どっちを選んでも大差はないように思えたけれど、わざわざ僕に尋ねるくらいに悩んでいるのか。
「そうだね」
僕は、もっともらしいことを言ってみることにした。
「五分で作れる、っていうのは、その五分に高度なテクニックを要求するかも知れない。簡単に作れるっていうのは、手順は簡単だけど調理時間がかかるかも知れない。まずは基礎から、って言うなら『簡単に』の方がいいんじゃないかな」
「成る程」
蔵王ひかりは目を丸くした。感心しているらしい。
「確かにそう言われればそれっぽいね」
「だろう」
「ちなみに、幼なじみさんの作るお弁当の味って、松島くんの口に合う?」
「まあ、ずっと似たようなもの食べて来たからね」
「味に歴史ありってとこかな」
「そんな大げさなものじゃないと思うけど」
「ふうん……じゃあ『簡単に』の方にしよっと」
片方をラックに戻して、蔵王ひかりは微笑んだ。やっぱり可愛いよな、こいつ。
「じゃあ買ってくるから、先に出てて。次はアキヨドでしょ?」
「あ、うん。じゃ先に出てる」
僕は店の表に出て、手持無沙汰を誤魔化すように周囲に目をやった。電信柱、電線、店の看板、そして青空。夕暮れには時間があるけれど、まだまだ日は短い。
下校中の学生もそこそこいる。一人で帰る者、友達と連れ立っている者たち。うちの制服も、そうでない制服もいる。近くの私立高校だろうか。
「お待たせっ」
ぎゅっ、と右腕に重みを感じた。
「うわっ!?」
蔵王ひかりが、ふざけて腕にしがみついてきたのだ。
「ちょっと、そういうことするキャラなの?」
「いいじゃない、少しくらい。誰も気にしてないよ」
いや、下校中の他の生徒にガッツリ見られている。同級生か上級生か判らないけど、そこそこの人数に目撃されている。
「さあ行こうよ。何買うの?」
「あ、ああ、塗料のスプレー」
「塗料?」
「そう。模型の、パーツを塗るんだ」
蔵王ひかりに引っ張られるようにして、僕は駅へと歩いて行った。
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