第20話 分解その2

 「だから、部屋に入る時はノックしろって」

 「したよ?したけど返事なかったもん」


 磐梯いずみは少しムッとしたように言うけれど、僕にはノックの音を聞いた記憶がない。それくらい集中していたのか、それとも嘘なのか。どっちにしても、あまり追及はしない方が身のためだ。


 「返事ないから、えっちなことでもしてるのかと思って見に来たのに」

 「めっちゃ悪趣味すぎないか?それ」

 「そうかな?でもほら、真一の成長は全部ちゃんと把握しておかないと」

 「親でもしないよそんなこと」


 これ以上の会話は無用だ。僕は、反対側の台車を取り外す作業に入った。固定ネジが片方外れているので、既に床下パーツと座席パーツの片端が少し浮いている。間に通電板を兼ねたウエイトが挟んであるので、それが抜け落ちないように左手の中指、薬指、小指で床下セット全体を包むように持つ。


 右側から覗いている磐梯いずみの鼻息が、精密ドライバーを持つ右手にかかってこそばゆい。というかこいつ近すぎだろ。


 ネジを、そして台車を小箱に移してようやく一息つく。机の上に床下セットを置き、そっと座席パーツをつまんで持ち上げてみると、すっと取れた。やはりツメなどはなく、ネジ二本だけでの固定だったんだ。


 残された床下パーツには、銀色に輝く二本のウエイトが乗っている。これは今回特に用はない。



 「中間車でこれか」



 僕はため息をついた。残り二両の先頭車には、ライトのON/OFFスイッチが付いているのだ。


 「ほれほれ、さくさくやんなさい。見ててあげるから」

 「見られると気が散るんだよ」

 「いいから」


 僕はため息をついて、クハの床下セットに手を伸ばした。まあ、やることは基本同じだ。とにかくネジとバネを飛ばさないように注意しよう。


 外す物を外して座席パーツを持ち上げる。ウエイトの上にプラのパーツが乗っている。おお、これがライトスイッチのパーツか!とりあえずスマホで写真を撮っておく。ウエイトとの配置は情報として取っておく必要がある。


 「今度は割と早かったね」

 「慣れてきたかな」


 二両目のクハに移り、最後の台車を外した時に事件は起きた。



 ぴょん。



 あっ、バネが片方落ちた!


 スローモーションで机へと落ち、そして跳ねるバネ。あっ……


 机の下へ……落ちて……


 「いよっと」


 磐梯いずみの右手が、落ちて行こうとするバネを奈落の底から救った!


 「おお、ありがとう」

 「ふひひ、もっと感謝したまえ」

 「ありがとうござる」

 「武士か」


 いずみは左手でバネをつまむと、僕の持っている台車のくぼみへ元のように乗せた。


 「ほい、これでよし」


 いずみの顔が僕の顔の真横に来る。吐息が耳にかかる。


 「今日はここまで?」

 「うん。明日、塗装について友達に聞いてみるつもり」

 「友達って、新しく出来たっていう?」

 「そう。プラモマニアだって言うから、塗料とかも多分詳しい」

 「ふーん」


 あれっ?磐梯いずみの声が不機嫌モードになっている。何か地雷を踏んだか?


 とりあえず、僕は分解したものを全て片付けて、昨日と同じご機嫌取りモードへと入った。



 今日は、三十分で解放された。





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