第44話 磐梯いずみはヤンデレじゃないその6
月曜。
いつもなら教室にいるはるかが、今日はまだ登校していなかった。なんだろう?私は真一のお弁当を持ったまま、はるかを待つ。すると、慌てた様子の担任教師が教室にやってきた。
「済まない、別府が登校中に事故に遭ってな、命に別状はないようだけど、先生これから病院に行ってくるから、朝のホームルームは無しだ」
えっ?はるかか事故?
私の目の前が真っ暗になる。なんで?どうして?
私は震える手でスマホを取り出す。特に何のメッセージも来ていない。落ち着け、落ち着け。命に別状はないって言ってた。だから落ち着くんだ。
私はふらふらと、下級生の教室へと向かう。真一は私を見つけるとほっとした顔をして、次に私の様子がおかしいことに気付いたのか険しい顔になる。しまった、私は手ぶらで来てしまった。
「ごめん真一、お弁当はお昼に持ってくるから」
「あ、何かあった?」
と、スマホがポケットで振動する。
「うん、ちょっと。また後でね、ごめん」
私は廊下へと走り、スマホのロックを外す。そこには、はるかからのメッセージ着信を示すアイコンが点滅していた。
【ごめんいずみん、歩いてたら車にひっかけられた。今病院】
私はすぐさま返信する。
【大丈夫?怪我してない?】
ぴこん、と着信。
【だいじぶだいじぶ。転んで頭打ったくらいだよ、大げさすぎなんだみんな】
へなへなと体から力が抜けていく。この調子なら大丈夫だろうか、それにとても驚いた。
【頭はぶつけると大変なんだからね?ちゃんとお医者に診てもらってね】
【はいはいりょーかい。愛してるよいずみん】
私も愛してるよ、と返信しようとしてやっぱりやめた。でも、いつものはるかだ。私は安心して泣きそうになってしまった。ああ友よ。
そしてランチタイム。
いつもの相方を失った私は、お弁当を二つ持って真一のクラスを訪れる。しめしめ、やっぱり一人で待っているじゃないの可愛いやつめ。
朝の顛末を説明し、今週はここで昼食にすると宣言したその矢先に事件は起こる。
「姉と弟がお弁当食べるのなんて普通でしょ」
「姉弟じゃない」
「だって真一も一人でしょ?」
「いいえ」
ばっ、と私と真一が声の方を向く。そこにはお弁当箱を持ったあの陽キャ女が立っていたのだ。
「松島くん、お昼にしましょ」
なんだこいつなんだこいつなんだこいつ。
その子は涼しい顔してお弁当箱を開く。その中身は……典型的なシロウトのお弁当だ。頑張って作ってはいるけれど、このおかずはわざわざお弁当用に作っているように見える。誰か、近くで教えてくれる存在はいないのかと思わせるような、稚拙なお弁当だ。こんな陽キャが、こんなお弁当を人に見せるものだろうか?私は少し混乱をする。
食事は、文化であると私は思う。好きなものや嫌いなものの傾向で、育ってきた環境すら判るくらいに食事と言うものは重要だ。だが、この子のお弁当には、この子の見かけに見合うようなバックボーンが一切見当たらない。作れるものを、食べられるものを入れているだけに見える。
どういうことなんだろう。私は、この子の輝く笑顔の下に何か空虚さを見た気がして身震いする。
この子、単に陽キャってわけじゃないの?
彼女は、やっとうまく焼けるようになったと卵焼きをつまんで見せた。確かに焦げもなく、上手に焼けている。本を見て作った、と言っていた。教えてくれる親はいないんだろうか?
自炊を始めたばかりだというその子に、私はお弁当のハードルは高くないかと訊いてみた。
「そうは思ったんですけど。なんていうか、自分では色々知ってるつもりでも、実際には何もできない、何も知らないんだって思い知らされることがあって。だから、頑張ってみようと」
「えらい!」
つい声が大きくなった。
自分の限界を知って、それを超えるために挑戦する。これはとても大事なことだ。やはりこの子はただの陽キャではない。自分の陰さえも乗り越えようとする真の陽キャだ。
だけど、そのために真一が傷つくことがあってはならない。私は釘を刺しておくことにした。
「でも、真一に新しいお友達が出来て嬉しいわ。蔵王、ひかりさん?だったかな。真一と仲良くしてあげてね」
「はい、真一くんにはとても良くして頂いてます」
ぐふっ、ここでさらに下の名前呼び!こやつ、できる……!
クロスカウンターを食らった気分でランチタイムは終わった。だがまだ月曜日、今週はあと四日もあるのだった。
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