第43話 磐梯いずみはヤンデレじゃないその5

 次の朝、いつものようにお弁当を持って教室に入ると、真一の近くに巨大な男子学生が立っていた。これは体重が百二十キロくらいあるわね、今のうちにちょっと減量したほうがいいわなどと考えつつ真一にお弁当を渡し、軽く挨拶をしてみた。


 なんと、真一の言ってた【新しい友達】とは、この巨漢のことだったのです!


 ああなんということでしょう。あの陽キャは関係なかった!真一の趣味に理解のあるいい友達になってくれそうだ!ここ数日のモヤモヤが晴れて、私はとても爽快な気分になったのでした。ランララランと歌まで口をついて出る。




 「でもさー」


 二百ミリ紙パックのコーヒー牛乳を飲みながら、はるかが言う。


 「じゃああの子はなんだったの?」

 「あっ」

 「あっ、じゃないよ。一緒に帰って、買い物までしてたじゃん」


 そうだった。あの陽キャのことは全く解決していない。疑念が晴れたことに浮かれて、すっかり忘れていた。心の中でてへペロ。


 「しっかりしてよいずみんー」

 「ごめんごめん。ていうか、はるかの方が状況をしっかり把握してるのはなぜ?」

 「あんたがザルなの」


 ジト目で言われてしまった。


 「あはは、ごめん」

 「とにかく、模型知識の出所はそのなんとかってデブなんでしょ?だとしたら、なんであの陽キャちゃんが真一くんに関わるのか、ってとこじゃないかな。ひょっとしたら、好きになったとかかもよ」

 「えー、どうかな。そういうのには見えないんだけど」

 「確かに、陰キャに恋するタイプには見えないけど……判んないよー?真一くんみたいな、ちょっと落ち着いて見えるタイプって案外人気があるんだから」

 「えええ?だって真一だよ?真一が女の子にモテるとか、それはないなー」

 「……辛辣っつーかひどいっつーか」


 そう、真一はひたすらに陰キャとしての自分を確立してきた男の子。そこに魅力を感じる女の子なんて、いるはずがないというのが私の持論だ。


 「でもあんた真一ラヴじゃん」

 「ラヴとか言うな。恋愛感情、ないよ?」

 「いずみん発言はどこまで本気にしていいのか判らないからなー」

 「とにかく、今日も頼むよはるか」

 「任せとけ!」



 そうして私たちは見てしまう。本屋で料理の本を選ぶ二人、そして秋葉原のカメラ屋さんのホビーコーナーで、缶スプレーを買う二人を。



 「うわー、これはデートでしょ」

 「ちちちち違うでしょはるか。あああああれは買い物。そうただの買い物」

 「大丈夫いずみん?なんか、変だよ」


 目の前がチカチカする。そんな、あの真一が女連れで笑っている!信じられない光景に私は混乱してしまう。頭がくらくらする。呼吸が荒くなる。


 「いいかいずみん落ち着くんだ。まずは深呼吸」

 「ひっひっふー、ひっひっふー」

 「なんか違うけどまあいいや、落ち着いて聞きなさい。真一くんのトラウマ話はあたしも知ってると言ったよね?」

 「ううううん」

 「否定か肯定かどっちだ」

 「うん」


 はるかは私の目を真っすぐに見る。


 「だから、もしデートだとしても、まだ完全に心を許してはいないと思うよ。前の傷を忘れるわけがないからね」

 「うんうん」

 「いずみんは何も見なかったことにするんだ。何も知らなかったことにするんだ」

 「でもでも、そしたら真一がまた傷ついちゃうよ?また泣いちゃうんだよ?ここで私が出て行けば、まだ守れるんだよ?きっと守れるよ?」

 「それは真一くんのためにならない」


 きっぱりとはるかは言う。


 「中学生の頃の彼は、言っちゃ悪いけど純粋過ぎた。人を疑うことを知らなさ過ぎた。だからそこをやられた。でも、今は違うはずだよ。痛みを知り、成長したはずだよ。だからきっと大丈夫なんだ」

 「でもでも」

 「信じてやりなさいよ。もし真一くんが傷ついたなら、その時こそいずみんの出番だよ。でもそこまでの選択は、彼自身がやらないと駄目なんだ。彼の人生は、彼のものなんだからね」

 「そうなのかな」

 「そうだよ。真一くんが『わーんいずみえもん、いじめられたよー』って泣いて帰ってきたら『よしよし、仕方ないなぁしんいちくんは』って慰めればいいんだよ」

 「なんで急にてんとう虫コミックス」


 私の返事に、はるかはパッと笑った。


 「それでいいんだよいずみん。いずみんの持ち味はその明るさと包容力なんだから」

 「了解したであります」

 「だから細かい所は見て見ぬ振りをして、全てを見守ってあげるのがラブだよ」

 「はるかかっくいい……でもラブは違う」


 私も笑う。はるかは本当にいい友達だ。


 「あたしも、そんないずみん見てたら勇気が出て来たな。よし、月曜に退部届出すことにするよ」

 「いいの?」

 「うん。昨日医者に寄ったら、もう激しいスポーツは止めた方がいいって言われた。ここで無理をしたら、本当に走れなくなるって。まあ最後通告ってやつ」

 「そうなんだ……」

 「あたし急にタッパ伸びたからね。関節とか筋肉とか靭帯とかが、成長についてこなかったみたいなんだ。だから、そっちが追いついて来るのを待つ、ってとこかな」

 「よしよし」


 私が手を伸ばし、手の届かないはるかの頭を撫でようとすると、はるかは屈んでくれた。さらさらのショートヘアをゆっくりと撫でる。


 「あたし思うんだ。物事が終わるのって、あっけないよね」

 「そうだね、そうかも」

 「あたしのバスケ人生は終わっても、いずみんとの親友人生は続くんだから。こんなとこでへこたれてらんないよ」

 「うむ、お互い精進するべし」



 そんなことをして遊んでいたら、真一たちを見失っていた。とほほ。




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