第45話 磐梯いずみはヤンデレじゃないその7

 幸いにしてはるかは軽傷で済んだ。わき見運転のトラックに跳ねられかけた中学生を救おうとして、自分が代わりに引っ掛けられたという。


 それでも頭を打っているので、精密検査と経過観察で今週は入院だそうだ。ベッドの上へ上体を起こして笑うはるかに、私はぎゅっと抱きつく。


 「心配したんだから!」

 「ごめんねいずみん。よしよし泣かないで」

 「泣かせるようなことしないでよ!」

 「あはは、ごめんったら」


 私は今日の教室の、クラスメイト達の様子をはるかに話した。みんな心配していると。でもはるかにはそんなことはどうでも良いようだ。


 「それで、真一くんの方はどうなったのよ」


 そっちの方が気になるらしい。


 「うーん、どうも二人の繋がりが見えないんだよね」


 私は肩をすくめて見せた。あの陽キャは真一の何に執着しているのか。そして真一が最近、やたらと鉄道模型に入れ込む理由はなんだろうか。


 「ふむ。じゃ、あんたもやってみなよいずみん」

 「へ?」

 「だから鉄道模型」

 「なななんでよ」

 「どうしてどもる」


 はるかがまたジト目をする。


 「あのね、趣味ってすごい深いんだよ」

 「それは判る」

 「そういうところで繋がる仲間って、すごく大切なんだよ」

 「それも判る」

 「じゃあ、真一くんの趣味も理解してあげたらいいじゃない」

 「なんでそうなるの?」

 「だってあの陽キャの子もきっとやってるよ?鉄道模型」


 私はハッとした。そうだ。あの真一が、ただの女の子に興味を持つなんて迂闊なことをするわけがない。となれば、彼女は同好の士である可能性が非常に高い。だから真一はあの子を信用している。


 「なるほど、さすがはるか君は鋭いな」

 「いずみんがへっぽこなだけだよ」

 「へっぽこ言うな」



 お見舞いで大ヒントを得てしまった私は、それからスマホで色々なサイトを見てみることにした。しかし電車のことなど一切判らない。何よモハって。何よデハって。出刃包丁なら判るけど。


 しかし高い。鉄道模型というのはこんなに高いものなんだろうか?真一の持ってるあの特急も、二万円近くするじゃないの。こんなもの買えない。貯金を下ろせば買えるけれど、本気の趣味でもないものに投資する金額ではない。ぐぬぬ。



 色々見ているうちに、鉄道模型の大手と呼ばれるメーカーはだいたい三つであると私は気づいた。


 まずは真一の持っているトミックス。これはおもちゃメーカーであるタカラトミーのブランドで、老舗である。

 そしてKATO。これはブランド名で、本当の名前は関水金属という。なんでもKATOは社長さんの苗字で、アメリカで展開する時に名付けたブランドだそうだ。国産メーカーのパイオニアだそうで、ここも歴史が長い。

 そしてマイクロエース。前二つのブランドが、レールや運転する機械を含めてシステムを売っているのに対し、ここは車両を主に売っているんだそうだ。前二つのブランドからは出ないようなマニアックな車両を製品化するので、コアな人気があるという。


 他にも色々とメーカーはあるんだけれど、そこまで追っている時間がないので、その三つに絞って調べてみることにしたんだけれど……どこのも高い……


 だらだらとWEBを眺めていると、【ポケットラインシリーズ】というページに辿り着いた。あら、可愛い路面電車。お値段も三千円。えっこれで走るの?ちょっと走らせるくらいならいいかも。


 と、背後で大きなため息が聞こえた。


 「勝手に人の部屋に入るなって」


 そう、ここは真一の部屋。私は、真一のベッドに居座ってスマホをいじっているのだ。真一の香りを堪能しながら寛ぎのひととき。これは姉の特権。


 とりうえず、真一の抗議は無視して質問をする。


 「真一は、チキンラーメンって好き?」


 そう。このチビ電には、通常製品と『チキンラーメン号』なる、コラボパッケージがあるのだ。ロゴとイラストの使用料か、チキンラーメン号のほうがちょっと高い。


 「チキンラーメンって、あの?」

 「そう。あのチキンラーメン」


 うーん、ひよこちゃんは可愛いな。どうせ買うなら可愛い方がいいのかな?それとも、やってみる程度の趣味なら安い方がいいのかな。なかなか判断が難しい。


 いくつか質問を重ねてみたけれど、過去の真一の行動から導き出される答えと大して変わらない。うんうん、可愛い真一のままだ。


 「じゃあさ、チキンラーメンと私だったらどっちが好き?」

 「何その選択肢。比較対象おかしくね?」

 「迷う問題かな」

 「いや、食べ物と人間はどっちが好きとか比べられないだろう。お前は食べられたいのか」

 「ふむ」


 私はあんたを食べちゃいたいくらい可愛いと思ってるよ、と口に出して言いたいのを我慢した。これだけは言ってはならないと、はるかに止められている。いずみんが言うとシャレにならないんだよとはるかは言うけれど、そんなに過激かね?ちゃんと『くらい』って言ってるんだよ、例え話だよ。食べたいけど食べないよ。ぺろぺろ舐めるくらいなら許されるんじゃないかな?


 真一がなにか模型を出してごそごそ始めている。むう、あの女か。私は決断する。よし、ひよこちゃんにしよう。


 「じゃあこれでいいか」


 通販サイトの到着予定日は明日。つまり土曜だ。


 「真一」

 「なに」


 私は尋ねる。


 「……今度の土日って空いてる?」

 「ん?土曜は空いてる」

 「じゃあ日曜ね」


 日曜に、それを見せに行くんだね真一。よし、間に合う。私は購入決定のボタンを押した。


 「いや日曜は予定がある」

 「いいのよ、気にしなくて」

 「ん?話が噛みあってないぞ」

 「いいのいいの、こっちの話。それより真一」


 私は上体を起こして、優雅に言った。 


 「家に帰る。もう遅いから、エスコートなさい」





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