第41話 磐梯いずみはヤンデレじゃないその3

 元々、我が磐梯家と松島家の食卓事情については長らく私の支配下にある。そして高校進学を機に、私は自分の昼食を自分で用意していた。昨日のおかず、今日予定しているおかずの材料。それらを組み合わせ軽くひと手間かける程度で、お弁当などは苦も無く完成させられる。


 真一の分も作る。


 中学では給食だったから、真一にお弁当を作る機械など殆どなかった。だが高校にもなれば話は別だ。以前買っておいた、私のものと色違いで一回り大きいお弁当箱がようやく陽の目を見るのだ。



 しかし、しかし。いざ渡そうと思うと、なんだかきまりが悪い。昨日のあの子とどうなったのか、なんですぐに寝るほど疲れていたのか聞きたくなってくる。だから睨む。当惑する真一。睨む私。


 「その席の奴が来たら迷惑だろ?」


 事態に進展がないので諦めた真一は、手元の本に目を落とす。私ももう、ぐずぐずはしていられないなと思った。



 「はい」

 「なにこれ」

 「お弁当」

 「お弁当?」

 「お弁当」

 「お弁当って」

 「お弁当はお弁当よ」

 「いや、それは判るけど」

 「お弁当以外の何に見えるって言うのよ」

 「まあ、弁当だろうね」


 なんという間抜けなやりとりだろう。真一だって、私が高校入学からずっと自分のお弁当を作っていることくらい知っているだろうに。


 とにかく、真一のお弁当は私がこれから作るから、と宣言して教室を出た。出がけにちらりと見た例の陽キャの子は、唖然とした顔をしていた。ふふふ、真一を傷つけようったってそうは行かないんだから。




 「いずみんキモーい」


 昼休み、はるかとのランチタイムでその話をしたら、ドン引かれた。


 「キモくないでしょ。ただのお弁当だよ?これと同じおかずの」

 「いずみん料理の腕はバツグンなんだけどなー、でもキモい。囲い込みに行ってるじゃんもう」

 「なんでよー。そもそも放っておいたらあの子、カップ麺とかスナック菓子ばっか食べるんだよ?それを防ぐためのお弁当だから、正しい方策なのですよ?」

 「胃袋から支配にかかってるとしか思えん」

 「育ちざかりはちゃんとしたもの食べないと。はるかだって、隙あらば変なパンばっかり買うじゃない」

 「あれは趣味。新発売の総菜パンは、早く食べないとすぐなくなるからね」


 にひひ、と笑うはるか。彼女はバスケ部の次期エース候補なんだけど、あまり部活に熱心ではない。自由気ままな猫みたいな感じだ。


 「なんかもう、あたしには単なる世話女房にしか見えないんだけど?とっととくっつけよもう」

 「そういうのじゃないったら。別に、真一を幸せに出来るんなら、どんな彼女連れて来たって構わないし」

 「いやいや、真一くん【が】彼女を幸せにするんじゃないのかよ」

 「ん?変かな?」

 「……あー、まあいいや。唐揚げひとつもらいっ」


 ひょいぱくっ、と私のお弁当箱から鶏の唐揚げをひとつ強奪するはるか。


 「あっ、こらもう!」

 「あはは、ごっちゃんです」




 しかし私は見てしまった。学校帰りに真一が、あの娘と二人で百円ショップに入るのを。




 「がるるるるるる」

 「ちょっ、いずみん落ち着いて」

 「離してはるか!きっと、きっと真一は利用されてるんだわ!ごっめーん、今細かいのなくてー、立て替えておいてくれるー?みたいな感じでタカられてるのよ!」

 「なんだその妄想力」

 「可哀想な真一、純情を利用されてるだけなのに!」

 「いやいや、たかが百均じゃん。


 私を羽交い絞めにして、現場から遠ざけようとするはるか。くっ、こういう時は背の高いスポーツ少女には敵わない!ずりずりと引きずられる私。ああ真一ごめん……


 「おっと、出て来たよ」


 はるかが背後で囁く。あっ、真一が出て来た。一人だけだ。一緒じゃないのかな?とりあえず会計は別らしいかな?なら、真一の金銭被害はなかったっぽい。

 ふうふうと肩で息をする私に、はるかはため息をつく。


 「いずみんー、ちょっと落ち着きなって。あたしも真一くんの例の件は知ってるけどさ、最近はもう嫌なことは嫌ってちゃんと言うじゃん」

 「ま、まあそう教育したからね」

 「そういうとこなんだよいずみん……」


 少ししてあの陽キャも出て来た。何か小さなものをバッグから出して見せ、笑っている。


 「ほらー、単にいい雰囲気なだけじゃん」

 「そうかな、だといいんだけど」


 その日は二人ともそのまま駅に向かったので、私とはるかもこっそり同じ電車に乗る。微妙に人が多くて、二人に気付かれないのはいいけれども会話や表情を窺い知ることは出来ない。私たちが降りるふたつ前の駅で、陽キャ少女は降りていった。


 「よし、私今夜それとなく探ってみるわ」

 「放っといていいと思うけど、まあいずみんのやりたいようにしなよ」

 「ありがとうはるか、理解者は君だけだよ!」

 「いやー理解してないと思うけど」



 とにかくその夜、私は真一に直に聞くことにしたのだった。



 「……真一さ、最近友達できた?」

 「ん?ああ、クラスで話す奴は出来たよ」


 事もなげに応える真一。ああ、この声の調子なら、変な事には巻き込まれていないっぽい。


 「そいつに教えて貰って、ほら」


 真一は言って、何かちいさなケースをカチャカチャと振った。


 「模型弄りに使えるらしいんだ、精密ドライバーのセット。百円なんだぜこれ」

 「ふうん」


 まさか。あの女が真一と百均に行ったのはこれのためか!?あれが新しい友達!?


 しかしまだだ。まだもう少し、きちんと情報を集める必要がある。

 いくつかどうでもいい話題を越えて……私はひとつ賭けに出る。


 「ねーねーつまんないー」

 「勝手に来て何言ってんだ」

 「構って構って」

 「年上の態度かそれ」


 ふふふ。真一が、私の甘え攻撃に弱いことは先刻承知の上。私も真一が甘えてくれたらなんでも言うこと聞くんだけど、真一は全然甘えて来ない。ぐぬぬ。


 「判ったよ」


 真一は机の上の模型を片づけて、私に向き直る。。


 「何がしたいんだ」

 「そうねぇ。じゃあ耳かき」


 昔から、私はこの耳かきが大好きだった。可愛い真一の頭を抱いて、その耳を掃除する。二人だけの静かな時間。どんなに怒っていても、どんなに泣いていても、素直に耳かきには応じる真一。



 そして耳かきの体勢に入り、私は質問を再開した。


 「ねえ真一」

 「……なに?」

 「さっき言ってたお友達だけど、どんな人?」

 「どんな、って。まあ悪い奴じゃないな」

 「はい、反対側」


 悪い奴じゃない。ふむ、まだ相手の意図は測りかねていると言ったところか。まだ浅い、引き返すなら今だよ真一。



 「よく話すの?」

 「ん?」

 「お友達」

 「まあ、普通かな。休み時間くらいだよ」

 「一緒に帰ったりはしないの?」

 「一緒に?なんでさ。一緒になんか帰らないよ」


 思わず変に力が入ってしまった。痛がる真一に私は謝るけれど……



 真一が、私に嘘をついた?



 これはショックだった。今まで隠し事はしても嘘をつかれたことはなかった。いや、この子ももう高校生だ、それくらいの知恵は付けていても当然だろう。だけど、だけど、だけど。


 一瞬、真一を殺して私も死ぬ!という一文が脳裏を過ぎったけど、それはないな。


 あからさまに挙動不審な私を落ち着けようと、真一が自分の膝へと私を誘う。これはいつもの儀式。たまに不安定になった時に、私を落ち着けてくれる彼の優しさ。



 一時間ほど、堪能させてもらいました。




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