第40話 磐梯いずみはヤンデレじゃないその2

 同じ学校なのだから、とりあえず朝と放課後に様子を見ることにした。ブレザー姿の真一も初々しくて良いなぁ。朝は彼を思い切り元気づけて、放課後になれば物陰からそっと見守る。ああ、お姉ちゃん幸せ。


 「いずみん、キモい」


 下校する真一を電信柱の陰に隠れ見守っている私に、親友の別府はるかがジト目で言う。


 「なんでよ。可愛い弟を見守る姉が、キモいわけがない」

 「姉弟じゃないでしょ」

 「姉弟みたいなもんよ」

 「それ全然違うと思うけどな」


 はるかは大げさにため息をつく。


 「ブラコンの姉としても異常だよ。しかもあれ、幼なじみってだけじゃん」

 「だけって何よ。真一はね、私の可愛い可愛い弟なんだから」

 「そこがいまいち判んないんだけど」

 「何がよ?」


 首をかしげるはるか。


 「いずみんって、真一くんと恋人になりたいの?」


 私は笑って手を左右に振る。


 「ないない。恋愛感情とかない。弟が彼氏とかないでしょ普通」

 「ならなんでそこまで執着するの?ストーカーに近いよいずみん」

 「そうかな?なんていうか、真一は私の庇護対象なだけだよ」

 「ふうん。じゃ、結婚したいとかは考えたことないの?」

 「あー、幼稚園の頃にはそんな約束をした気もしないではないけど、たぶん覚えてないよあいつ」

 「そうじゃなくて、真一くんがじゃなくて。いずみんはどう思ってるのって話」

 「うーん……どうかなー」


 私は口ごもる。はるかは、私の肩を両手でつかんで揺さぶった。


 「そこだ、そこを吐け!」

 「うーん、真一と恋愛したり結婚してる自分っていうのは、全然想像できないけど……」

 「けど?」

 「真一の子供だったら欲しいかな」


 はるかの動きが止まる。


 「ちょっとあんた、今さっき恋愛感情ないって言ってたろ」

 「ないよ」


 真一と私が、ラブラブで甘々なシーンなんて全く思いもつかない。


 「なのになんで、一足飛びに子供が欲しくなるんだよう」

 「あれ、変かな」

 「絶対変」

 「あっ、はるかが変な話するから見失ったじゃないの!」


 いつの間にか、真一が視界から消えていた。焦る私にツッコむはるか。


 「どうせ帰る家は判ってるんだから、とっとと帰ればいいじゃない」

 「それだ!さすが名助手はるか君、鋭いね」

 「ほんとあんた、彼のことになるとポンコツ過ぎ」

 「だまらっしゃい!」


 と、こんな感じで放課後は楽しく追跡をしていたのだけれど。



 ある日私は見てしまった。



 「松島くん、さっそく部活しようよ」

 「部活?」

 「そ。帰宅部なんだもの。さあ、帰ろ」


 なにあの子!私の真一に!!


 私の脳裏に、あの日の真一の姿がフラッシュバックする。こいつ、またあんな悲しみを真一に与えるつもりか!?中学に続いて高校でまで、そしてまた春にトラウマを作る気か!?


 「どうどうどう」

 「馬じゃない」


 物陰でヒートアップする私を、はるかが宥める。


 「離してはるか。あの子排除できない」

 「うんうん、可愛い子だね」

 「真一がまた弄ばれる」

 「いや、普通にいい雰囲気じゃね?」

 「やつらの手よ。ああやって心を弄んで捨てるんだよ」

 「あーうん、そういう悪趣味なのもたまにはいるよね。てかいずみん。あんたなんだかヤンデレみたいになってるよ?」

 「私は……真一を守るって決めたんだよ……」


 私の目から涙が零れるのを見て、はるかは慌てたようにハンカチを出して拭いてくれる。


 「わかった、わかったからちょっと落ち着こう。ね?ぎゅってしてあげるから」

 「ううう」


 そんなことをしている間に、二人は下校してしまった。がっくりして帰宅しても、真一はまだ帰らない。何回かスマホにメッセージでも送ろうかと思ったけれど、そこまで心配する姿も見せたくない。


 夕食には帰って来た真一は、何か疲れた様子ですぐ部屋に戻ってしまった。


 「なんだあいつ、いずみちゃん来てるのに」

 「なんでしょうね?部活でも入ったのかしら」


 お父さんとお母さんが心配しているので、私は様子を見てきます、と言ってそっと階段を昇り、彼の部屋のドアをコンコンコンと軽くノックしてみた。中から反応がないので、そっとドアを開ける。


 部屋の中はもう暗かった。彼はベッドですうすうと安らかな寝息を立てていて、その顔にも特に悲しさやつらさの影はなかった。私はそっとドアを閉める。


 「もう寝てました。何か疲れたのかも」

 「そうか、馴れない電車通学で疲れたかな」

 「かもですね。私もちょくちょく様子見ます」

 「お願いねいずみちゃん」


 しかし、私の心には疑念が渦巻いていた。あの陽キャの子に何かさせられているんじゃ?……しかしこれもまたクラスの中の話だ、私には手出しできない。ぐぬぬ……



 よし。私はついに立ち上がる決心をした。




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