磐梯いずみはヤンデレじゃない

第39話 磐梯いずみはヤンデレじゃないその1

 陰陽の定義とは、主にコミュ力だと思われがちだ。


 だがそれは違う、と私磐梯いずみは声を大にして言いたい。


 他人に見せられる自分を持つか持たないか。自覚するかしないか。実際の分岐点はそこだと私は思っている。他人にお見せできるものを持たないのに、無駄に見せて回る人間は薄っぺらい。陽キャとして分類されていても、それは恒星ではなく、衛星の輝きじゃないかと思う。


 本当の陽キャは、自分が輝いていることを知っていて、なおかつそれ以外を見せない人間。輝く部分で武装して、決して隙を見せることはない。そして、他人の隙に付け込むこともない。


 他人を攻撃する必要などないことを、真の陽キャは知っているのだ。



 幼なじみの松島真一が、中学一年のゴールデン・ウィークにやらかしたという話は私の耳にもすぐ入った。彼は明るく、サービス精神に富んで、そして何より他人を疑うことなどしない、とても良い子だった。姉弟同然に育ってきた私から見ても可愛くて仕方のない、目に入れても入り切らないくらいに育った自慢の弟だったのだけれど。


 簡単に言うと、彼は浮かれすぎてしまったのだ。


 知り合ってまだ一月にも満たないクラスメイトからのウソ告白を信じて、気合いを入れてデートに向かった彼を待ち受けていたものは……クラスの女子一同と男子の自称陽キャ組によるからかいと嘲笑、そしてウソ告白のネタばらしだった。



 私は激怒した。でも、帰宅するなり部屋に閉じこもって泣きじゃくる真一の背中をそっと抱くくらいしか、当時の私にはできなかった。可哀想な真一。お姉ちゃんがずっと守ってあげる。



 しかし復讐には相手が多い。そもそも真一がそれを望むかどうかも判らない。だから私は、とにかくこの子を強く立ち直らせようと思った。決して登校拒否などさせてはならない。いじめのターゲットにもさせてはならない。


 しばらく真一の様子を見ていると、とりあえずちゃんと学校には来ているので一安心した。しかし、休み時間に彼は自席から動こうとせず、ただ漫画や小説に没頭している。そうか、彼は自らを守るために自分の世界の構築に入ったのだ。クラスメイトとの広く浅い交流を取りやめ、対外チャンネルを絞ることで悲劇の襲来から身を守っているのだ。


 私は何度、彼のそばに駆け寄ってそんな本など投げ捨ててしまいたい衝動に駆られただろうか。前のように笑って欲しい。昔のように誰とも分け隔てなく接して欲しい。あの笑顔が私の生き甲斐でもあったのだから。


 だけど私は上級生だ。下級生のクラスの問題に立ち入ることは許されない。それがかえって、真一のクラスでの立場を悪くする可能性もある。だから私は、学校の中で彼に近づくことをやめた。


 それは断腸の思いだった。獅子は我が子を千尋の谷に突き落として、這い上がったものだけを育てるというもっともらしいウソ話があるけれど、まさにその心境で真一を避けた。言ってることはカッコいいけれど、ただ逃げてるだけ。


 その分、家では真一を甘やかすことにした。学校にいまひとつしっくり来ていない彼は、パーソナルスペースへの私の侵入も易々と許した。そうだよ真一、傷ついても私が癒やしてあげる。




 私が高校に上がる頃には、真一はすっかり陰キャが身についていた。もう余計なことは言わない、余計な期待はしない。頑なに自らを守ろうとする真一の姿に、私は安心した。真一は恐らく私と同じ高校を選ぶだろう。中学最後の一年間、見守ることができないこの身が恨めしいけれど……家でその分甘やかせば良い話なのだ。



 人にはそれぞれ、大事なものがある。そしてそれを傷つけられた時、人はそんな痛みを二度と味わいたくないと考える。



 私が世間一般にいう【陽キャ】を嫌うのは、連中自身がそう思うにもかかわらず、他人の痛みを気にしない場面が往々にして目立つからだ。そして私が【陰キャ】をも嫌うのは、自分がそういう目にあったにも関わらず他人に対して鈍感だからだ。



 殴っていいのは、殴られる覚悟がある奴だけ。殴られる痛みを知っていて尚、殴る理由を見つけ殴る覚悟を持った者だけ。



 それを知っていれば、ひとときの楽しみのためだけや、自らの力を誇示したいという欲望のためだけに他人を傷つける連中など、好きになれるわけがない。



 ほんとうに陽であると判っているのなら、わざわざ陰に生きる者をつっつきまわしたりする必要はない。ほんとうに陰であると判っているのなら、わざわざ太陽の下へ出て、干からびるような真似をする必要もない。



 つまり、この世界の自称陰も自称陽も、単なる嘘吐き共ばかりなんだ。常に自らの位置を確認することに血道を上げ、そのためには他人の痛みなど考えない。自分だけが大事で、他人が大事にしているものにまで思いが至らない。



 私はあの日、泣きじゃくる真一の背中を抱くことしかできなかった。守ってあげることができなかった。私が気づいた時には、全て終わっていたのだから仕方がないんだけれど。



 だけど、彼にはまだこれから先がある。だから私は決めたんだ。次は起こさせない、と。





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