第34話 新しい絆その2

 登校し、自席に着く。憂鬱な月曜だが、それは今日から始まる勉学の日々に対するものではない。


 「おはよう真一」


 周囲のざわめきが止まった。

 僕の前には、蔵王ひかりが涼やかな笑顔を湛えて立っている。


 「おはよう、蔵王さん」

 「ん?」


 圧力。


 「……ひかりさん」

 「んん?」


 さらに圧力。


 「……ひかり姉さん」

 「よろしい」


 僕の頭を、まるで幼子を撫でるかのように優しく撫でる蔵王ひかりの姿に、クラスの男子女子問わず驚きの呻きが漏れる。


 「ええっ?」

 「呼び捨て?」

 「何あれ」

 「姉さんって言った?」


 ひそひそ話す声が聞こえる。蔵王ひかりはすっかりご満悦といった感じの笑みを浮かべている。


 「あらあら二人とも、仲良くやってるわね」


 そこに弁当箱ふたつをぶら下げて登場したのは磐梯いずみ。もちろん笑顔。


 「いずみ姉さん、おはよう」

 「おはようひかり、真一」

 「……おはよう」


 とん、と弁当箱が僕の机に置かれる。


 「はいこれ真一の。こっちはひかりの分ね」

 「ありがとう姉さん」

 「……ありがとう」

 「何よ真一、暗いわね?」


 ぱんぱん、と磐梯いずみが平手で僕の背中を叩く。弁当の包みを受け取った蔵王ひかりは、愛おしそうにその包みに頬を寄せて、うっとりとした表情になっている。


 「シャンとしなさいよ真一。姉さんたちに心配かけるんじゃないわ」

 「そうよ真一」


 昨日だけで、二人は完全に意気投合してしまった。磐梯いずみのちょっかいがこちらに向かなくなるのは良いことだと思っていたら、それは単なる油断でしかなかったようだ。



 まさか、蔵王ひかりが磐梯いずみ化するだなんて!



 「そうそう真一」


 これは磐梯いずみだ。


 「何?」

 「今日からひかりにお料理教えるから、学校終わったら二人で一緒に帰ってらっしゃい。まだ道とか不案内だろうし」

 「えええ」

 「それと、牛乳とお豆腐が切れそうだから、いつものとこで買ってきて」

 「それはいいけど」

 「じゃ、頼んだわよ。またね、ひかり」

 「はい、いずみ姉さん」


 颯爽と去っていく番台いずみ。それょうっとりと見送る蔵王ひかり。朝から精神的に大ダメージを負った僕。そして困惑と好奇心に揺れるクラスメイトたち。


 もうここに、僕の望む安息は存在しない……


 「じゃあ真一、またお昼ね」


 可愛らしくウインクをして、陽キャ軍団の所に戻る蔵王ひかり。あいつはいったい、この事態をどう説明をしたんだろう。いや、そんなことはどうでもいい。男子から僕に向けられている、この嫉妬と羨望の眼差しはどうやり過ごしたらいいんだ!



 「よっす松島」



 那須野の悠然とした佇まいが、無性に心強く思えた一瞬だった。


 「うっす那須野」

 「なんだよ、また関係性が変化してるな」

 「変化しすぎてわけわかんねー」

 「でもあいつは平然としてるじゃん」


 那須野の言うあいつ……蔵王ひかりは確かに、いつもと変わらないような見える。陽キャたちも若干ぎこちなくはあるものの、いつも通りに接しているようだ。


 「あんまり気にしないこった。意外に人は他人を見てねーぞ」

 「ならいいけど」

 「気にしすぎんなよ。それよりさ……」


 那須野との馬鹿な話は心を和ませてくれる。こういう他愛のない時間を積み重ねるだけで良かったんだよ、僕は。





 磐梯いずみと蔵王ひかり、そして松島真一は義姉弟の契りを結んだ。クラスの認識はそういう風に帰結したらしい。なんだよそれ、どこの三国志だ?だとしたら僕は張飛あたりか。いやそんなことはどうでもいい。


 「でね、おじいさんの遺品をも少し整理してたら、貨車とか客車もいくつか見つかったのよ」

 「ほう」

 「これで、ちゃんとブルートレインになるわ」

 「それは良かった」


 蔵王ひかりと差し向かいで弁当をつつきながらの、他愛のない会話。


 「でも、走る向きが決まっちゃうのよね」

 「それが不便で、電車が普及したんだ。どっち側にも走れるから」

 「そうよね、終点でいちいち機関車付け替えるのは手間だもんね」


 蔵王ひかりは、弁当箱の中からカボチャの煮付けを箸でつまんで目の高さへと持ち上げ、じっと見つめる。


 「これ美味しい。早くこういう風に作れるようになりたいな」

 「練習したら、すぐだよきっと」

 「そうね、そしたら真一にも食べさせてあげる」

 「はいはい、楽しみにしてますよ」

 「はいは一度でよろしい」



 こうして僕たちの新しい関係は始まった。これからどこへ向かうのか、まだ行く先は見えない。まるで行先不明の、ミステリー列車のように。






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 どうもです。


 ここで一旦、メインストーリーは終わります。ここからはビミョーな関係を保ちつつの鉄道模型ネタによるサ〇エさん時空的な展開を目論んでいるのですが、その前に色々と解決しておこうかと。


 なので次回からは、別キャラ目線でストーリーを最初からなぞるダイジェスト的なお話を書くつもりです。


 さらっと一部書いてみたのですが、いかに真一が何も考えていないか、というお話になってしまい、ちょっと頭を抱えています。というのも、前作「転校生は~」と構造を逆にしたら、ヒロイン二人が変な人的なキャラになっちゃったのです。


 まあ心に闇を抱えたキャラって大好きなんですけどね!


 前作を、できる限り一話内である程度のオチまで持って行こうという書き方をしていたので、今作はちょっと短めな連作風にしてみました。これもこれで難しいですね、どうしても無駄な会話で文字数を食ってしまいがちです。キャラが勝手に動くデメリットでしょうか。


 ここからしばらく、模型ネタはあまりというかほぼなくなると思いますが、ああここはこんな感じだったのか、これはそういうことか、みたいな感じで楽しんで頂けると幸いです。



それでは!


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