蔵王ひかりは浮かれてる

第35話 蔵王ひかりは浮かれてるその1

 私は最近、少し浮かれている。



 高校に進学して、初めてできた関係。不愛想でぶっきらぼうで、それでもちゃんとした物の考え方を持っているっぽい男子と、面倒見が良くて優しくて、色々と察してくれる女子。


 こんな素敵な関係を見つけられたのだから、やはり両親の薦める全寮制の学校へなど無理に行かなくて大正解だった。おじいちゃんとの思い出の家からも、出ずに済んだし。




 正直なところ、最初は彼を利用してやろう、くらいの考えだった。誰でも良かった。おじいちゃんの遺品を、もう一度走らせたいだけだったから。


 日曜日。秋葉原で一日、鉄道模型の店を巡っていたのもそのためだ。


 知識がありそうで、使えそうな相手を探していた。できたら女の子が良かったけれど、鉄道模型のコーナーには男しかいない。というか、ホビーコーナーって男だけかカップルしかいない。単独女子などほぼいない。


 自分が場違いな格好をしているとは判っているけれど、誰も彼も怯えた小動物のように遠巻きにするだけで、話しかけてもこない。まあその方がやりやすいんだけれど。



 やっぱり失敗だったかな。メーカーに電話した方がいいのかな。



 ふと見上げた雑居ビルの窓に、【中古鉄道模型】という赤い看板がある。ここで最後にしよう。


 店内はそれほど広くはなかった。鉄道模型が大半を占める店内に、一角だけプラモデルだとか鉄道以外の玩具も置いてある。ふうん、変なの。


 しばらく店内を見て回ったけれど、おじいちゃんの遺品と同じ箱はない。やっぱり古いのかな、と内心落胆した時、視線の端に彼が映った。


 あいつ、クラスで目立たないようにしてる奴だ。


 言葉遣いも見た目も平凡で、普段は目立たないようにしてるようだけど、毎朝すごい美人の上級生が絡みに来て悪目立ちしてる。聞こえる会話から察するに、姉弟ではないみたい。


 そんなあいつが同じ店内にいる。何か模型を手に取って、ひっくり返したり片目をつぶったりと真剣に品定めをしている。こいつなら、使えるかも知れない。


 じっと見ていた私に気付いたのか、彼は私を見る。今日は制服じゃないし、メイク濃い目だけど多分気づくよね、と思ったらそのままスルーでレジに行った。えっ、ここは驚くとか声かけるとかするシーンじゃないの?クラスメイトだよ?


 と思った時、そういえば私はあいつと話をしたことがないことに気付いた。名前も知らない。そういえばクラスの自己紹介、男子の分なんて聞き流していたっけ。


 はっと気が付くとあいつは会計を済ませて店を出ていた。追いかけようとも思ったけれど、どうせ明日教室で会うんだからまあいいや。帰って明日の予習でもしておこう。私はそう考えて、ゆっくりと店を出て帰宅した。






 「ねえ美紀」


 私は、私のただ一人の親友、播磨美紀に話しかけた。


 「んー?」


 美紀は所謂ギャル系の恰好を好んでする。その方が楽なのだと彼女は言う。ギャルでいるということは周りがそう期待しているからで、それはとても楽なのだと。



 なぜなら、自分の心を殺すだけでいいからだ。美紀はそう言って笑う子だ。



 「あれどう思う?」


 私は、毎朝教室で繰り広げられている陰キャと美少女上級生のコントを指して訊いてみた。


 「んー、仲いいよねあれ。毎朝毎朝良く飽きないなっていうか、もうルーチンなんじゃねあれ?」

 「本気では嫌がってはないよね、彼」

 「嫌がってるけど諦めてるな。というより受け入れてんだろうな」

 「やっぱり美紀もそう思うかぁ」


 美紀の観察眼を、私は信用している。彼女の人物評は大抵の場合正鵠を射ている。彼女はその目で私の孤独を見抜き、そして親友となったのだから。


 「おっはよー。ひかりサン今日も輝いてるね!」

 「おはよ、そうかな?あはは」

 「美紀チャンもいいオンナだねっ」

 「あーしはオマケかよ」


 いつものチャラ男たちが寄ってくる。彼らの行動原理は単純だ。色と力、それだけだ。可愛い女の子とお近づきになりたい。区切られたエリアの中で上へ行きたい。それらの価値観が悪いものだとは私は思っていない。むしろそれは大事なものだ。人が生きていく上での向上心。


 だけど。


 私が求めているものは、そこにはなかった。私はただ、安息の場所を求めている。私が私として生きていける場所を。私を私として見てくれる人を求めている。



 世間一般に、私は可愛いとされる。だから、大抵の男は私に気に入られようとする。まあ、私がそんな男を気に入るはずもないんだけれど。



 「私、彼に声かけてみるよ」

 「失敗したら慰めたげる」

 「ありがと、美紀」

 「ふふん、でもあいつにあんたの歪みを支えられるかね」


 美紀は薄く笑った。彼女も少しは期待してくれているようだった。



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