第32話 運転会その2

 僕は、列車のスピードを上げたり下げたりして走らせ続ける。線路はよく磨かれているようで、滑るように列車は走っている。


 しばらく走らせてから、僕はパワーユニットの前から身を引いた。


 「運転、どうぞ」

 「ありがとう」


 蔵王ひかりはその白い頬を薄紅に染めて、パワーユニットの前に立つ。そして、ゆっくりとダイヤルを回した。僕の特急列車は、さっきよりも静かに、そしてリズミカルに卓上を走り始めた。まるでワルツを踊っているみたいに。


 僕の目に、一度も見たことのない北陸本線の風景が見えたような気がした。曇り空の下、日本海の鈍色を背景にして、枯れすすきの野原を一筋に駆け抜けていく、L特急雷鳥。


 しばらく走らせてから列車を停めて、蔵王ひかりは磐梯いずみに目をやる。


 「次、お姉さんどうぞ」

 「えっ?いいのかな?」

 「どうぞどうぞ」

 「じ、じゃあちょっとだけ」


 パワーユニットのダイヤルを手に、緊張の面持ちをする磐梯いずみ。ゆっくり、ゆっくりとダイヤルを回す。すうっ、と特急列車が走り出す。


 「わあ」


 磐梯いずみの口から声が漏れる。


 「走る、走るね」

 「ああ」


 磐梯いずみの指の動きをトレースするように、485系はそのクリームと赤の車体を鉄路の上に滑らせる。ヘッドライトの光がレールに反射して煌めく。春の青空、満開の菜の花畑をかき分けるように疾走する特急列車を夢想して、僕はまるで時を見失ったかのような感覚に包まれる。遠くへ、誰も知らない遠くへ。


 ぴたっ、と特急を停める磐梯いずみ。


 「真一、いいかな?」

 「ん?」

 「この電車、一度どけてもらっていいかな?」

 「ん?いいよ?」


 僕は車両をレール方向に軽く引っ張り、連結器の結合を解く。そして、ブックケースにしまう。


 「てへ、私も持ってきた!」


 磐梯いずみは草色のリュックから、長辺二十センチくらいの箱を取り出した。それはKATOポケットラインのチビ電、チキンラーメン電車のパッケージだった。


 「あっ、チキンラーメンってそういうことか」

 「うん、ネットで注文して昨日届いたんだ」


 パッケージをがさごそと開けるいずみ。そして、二両編成のチビ電を僕に差し出す。


 「載せて」

 「はいはい」


 リレーラーを滑らせて、チキンラーメン号を線路の上に置く。リレーラーが取り除かれると、待ってましたとばかりにいずみはパワーユニットのダイヤルをひねる。


 うぃぃぃん。


 この小さい路面電車も、小判型のレール上をしっかりと走り出した。


 「ライトは点かないみたいね」

 「みたいだな」


 そもそも見た感じ、ライトにクリアパーツは使われていないようだ。入門用だからなのかな?点灯機能は最初からないみたいだ。


 「可愛い」


 感心したように蔵王ひかりが言う。ひよこのキャラクターとチキンラーメンのロゴが印刷された路面電車は、確かに愛らしい。


 「こういうのもあるんですね」

 「うん。私さ、電車のこととかよく判んないから。お値段と可愛さ重視で選んじゃった」

 「いいなぁ。私も何か、新しいの買おうかな」


 美少女二人が、くるくる走る路面電車のミニチュアに顔を寄せてきゃいきゃいしている光景。これをクラスの連中が見たらなんて思うだろうか。そしてこの現場は、今は僕が独占しているのだ。ちょっと優越感。



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