第29話 お誘いその1

 「お前、自分の状況判ってる?」


 朝からガムを噛みながら、那須野が言った。今週は、朝の磐梯いずみ襲来はない。だから奴とはゆっくり話ができるのだ。


 「状況?」

 「おいおい、全く心当たりがないみたいな顔しちゃって」

 「何の話だ」


 やれやれ、と那須野は肩をすくめる。


 「蔵王ひかりと磐梯いずみのことだよ。なんかすごいじゃん」

 「あーそれか、その話か」

 「それ以外に何があるってんだ。美少女二人に挟まれて」

 「人聞きの悪いことを言うのは止せ。そんな関係じゃないぞ」

 「ほんとかー?」


 那須野は僕を疑いの目が見る。見まくる。見過ぎている。


 「だいたい、この僕のどこにモテ要素がある?」

 「それが判らないから、誰も口出しできないんだ」

 「なんだそりゃ」

 「いいか、人はそれぞれ能力を持つ。そしてそれが優れているなら、アピールポイントになる」

 「ふむ」

 「例えば、足が早いとか」

 「それでモテるのは小学生だけだろ」


 ぴっ、と指を立てる那須野。


 「勉強ができるとか」

 「あー、そういうのはありそうだな」

 「社交性に富むとか」

 「人気は出るな」

 「金持ちとか」

 「学生の身分で財力持ち出されるとどうもならん」


 滔々と語る那須野。オタクってこういうの好きだよね。僕も好きだ。


 「つまるところ、お前の何が良くって二人がくっついてるのかがよく判らんから、誰もが下手に手を出せないって話。磐梯いずみ氏のことは知らないけれど、蔵王ひかりを狙ってるのはこのクラスにも他のクラスにも、上級生にもうじゃっといるんだ」

 「勝手に手を出して持って行けばいいじゃないか」

 「いやー、あのクラスが相手だとそうも行かないんだろう。フラれたらすぐに話題になりそうだしな」

 「那須野、お前ってそういう話題にも通じてるのか?」

 「ま、それなりにな」


 がりがり、と頭を掻いて那須野は言う。


 「お前はそういうのに興味なくても、周りの連中はそうじゃないってことだ。模型に対する情熱と逆パターンだな」

 「あー、なんか判ったような判らんような」

 「いつかお前にも判る時が来る」

 「なんだその老賢者みたいなセリフ。それよりさ」


 僕は、ちょっと前に抱いた疑問を口にした。


 「那須野って昼どこで食べてんの?あと放課後も見ないけど、部活入った?」

 「ん?ああ、昼はてきとうにそこらでボチボチな。放課後はほら、まあ色々だよ」

 「なんだそりゃ」

 「おっと、用事を思い出した。また後でな」


 そそくさと自席に戻る那須野と入れ替わるように、蔵王ひかりが僕の席へとやってきた。


 「おはよう真一くん」

 「おはよう蔵王さん」

 「ひかり」

 「……ひかりさん」


 どうしても馴れない。しかも、いつの間にか名前呼びを定着されられそうになっている。


 「ねね、電車直った?」

 「あ、うん。直したよ、ほら」


 僕はスマホに写真を出して蔵王ひかりに見せた。


 「わあ、これが真一くんの電車なんだね」

 「やっと復旧したってとこだよ」

 「……ね、今度の日曜日って、空いてる?」

 「うん、多分」


 ぴょん、と小さく跳ねて蔵王ひかりは笑った。



 「じゃあさ、日曜にうちへ持ってきてよ。走ってるところ、見たいなぁ」




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