第28話 お弁当その2

 机の上には、弁当箱がみっつ。


 一番大きいものが僕の分で、次いで蔵王ひかり、そして磐梯いずみと小さい箱になる。


 僕のと磐梯いずみの弁当は、当然製作者が同じなのでおかずの配置も構成もほぼ同一のスケール違いだけれど、蔵王ひかりのものは彼女の手作りであるので、見た目も内容も全く異なっている。


 そしてこの三人は、さっきからずっと無言で昼食を摂っている。



 なにこれ。



 なんだかものすごく居心地が悪い。磐梯いずみが警戒モードに入っているのは長年の付き合いだから察知できるとして、それを柳に風で受け流す蔵王ひかりの度胸もすごい。しかし、僕はこの空気の下で昼食を終える事だけは避けたい。


 なので、思い切って口を開く。


 「蔵王さん、あの本はどうだった?」

 「ひかり」


 そう、呼べってことかな。ひとつため息をつく。


 「ひかりさん、あの本は役に立った?」

 「うん、判りやすくていい本だったよ。ほら」


 蔵王ひかりは、自分の弁当から卵焼きを持ち上げて見せた。綺麗に焼けている。


 「焦げ焦げじゃなくて、ちゃんと焼けるようになったよ」

 「そりゃ良かった」

 「うん、よく出来てる」


 おっ、磐梯いずみが警戒モードのまま食いついた。


 「甘い卵焼きは難しいのよね」

 「はい、どうしても焦がしてしまって。でも本にコツが書いてあって、その通りにしたらちゃんとできるようになったんです」

 「ふーん、本って買ったの?」

 「ええ、真一くんに選んでもらいました」


 磐梯いずみの視線が僕を射抜く。なっ、なんだって言うんだ。なんで僕はこんな責められるような視線を受けなきゃならないんだ。


 「お陰でこれからも楽しくお料理ができそうです。色々、まだ難しいんですけど」

 「見てると簡単そうなんだけどね。いざ作ると、どんな料理も色々コツがあって面白いわよ」

 「そうなんですか……松島くんのお弁当、お姉さんの手作りなんですよね?」

 「あ、うん、そうよ。私は磐梯いずみ、いずみでいいわ」


 手探りでの会話が始まっている。表面上は美少女同士のにこやかな会話に見えるけれど、少なくとも磐梯いずみがまだ警戒モードを解いていないことは判る。判ってしまう。見えない火花が散っている。こわい。


 「私、この春から一人暮らしを始めてて。自炊も始めたばかりなんです」

 「それだとお弁当はまだハードル高くないかな?」

 「そうは思ったんですけど。なんていうか、自分では色々知ってるつもりでも、実際には何もできない、何も知らないんだって思い知らされることがあって。だから、頑張ってみようと」

 「えらい!」



 磐梯いずみの目から、警戒色が消えた。



 「聞いた真一、あんたも見習いなさいよ」

 「いやなんで僕が」

 「たまには晩御飯の支度くらいして驚かせてみなさいっての」

 「やったらやったで文句しか言わないじゃないか」


 僕と磐梯いずみのやりとりを見ていた蔵王ひかりは、くすくすと笑いだす。


 「お二人、仲がいいんですね」

 「まあ、ずっと一緒だから。真一が秘密にしてるあれこれも実は知ってるよ」

 「やめろおっかない」


 人をいじっておいて、磐梯いずみは蔵王ひかりの方を向く。


 「でも、真一に新しいお友達が出来て嬉しいわ。蔵王、ひかりさん?だったかな。真一と仲良くしてあげてね」

 「はい、真一くんにはとても良くして頂いてます」


 にっこりと返す蔵王ひかり。僕の下の名を呼んだことに磐梯いずみは敏感に反応して、再び警戒モードに入った。僕はもう暴走する王蟲の群れを前に絶望するナウシカみたいな気分になってきた。なんなんだこいつら。どっちもギンギンに警戒色を身に纏っている。大地が怒りに満ちておる。助けてユパ様。


 そういえば腐海一の剣士ユパ様って、あの帽子の下はモヒカンなんだよな、などと全く関係ないことを考えてしまう。これはつまり現実逃避だ。目の前で起きていることから目を逸らしたいんだ。


 そもそも、蔵王ひかりも磐梯いずみに対して挑発的に見える。何が原因でこうなってるんだ。僕はただひっそりと生きていたいだけなのに。


 こんなことなら、声なんかかけるんじゃなかった。黙って食べていれば良かった。後悔先に立たずというより、後悔役に立たずだ。


 教室に人が徐々に戻ってきている。弁当の残りも休み時間の残りも、あとわずか。


 「あ、二人とももう時間があんまりないよ?早く食べないと」


 僕は、表見上はにこやかに、水面下で謎の火花を散らし合う二人を急かして、ランチタイムをなんとか切り抜けたのだった。





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