第27話 お弁当その1

 朝一で教室に現れた磐梯いずみは、憔悴していた。


 「ごめん真一、お弁当はお昼に持ってくるから」

 「あ、何かあった?」


 今朝、松島家も磐梯家も特に異変はなかったと思う。いずみも自宅ではいつもの様子だった。けれど、今の泉はなにかそわそわしている。落ち着きがない。


 「うん、ちょっと。また後でね、ごめん」


 それだけ言って、足早に去っていく。何だろう?家族に何かあれば、僕にも連絡があるはずだ。



 「うーす」


 那須野が、大海を渡る戦艦のようにゆったりと現れる。


 「はよっす」

 「なんだ、今日は弁当なしか?」

 「なんでお前がチェックしてんだよ」

 「いや、あの人なんとなく様子変じゃなかったか?」

 「ああ、なんか慌ててる感じだったな。それよりさ」


 僕は話題を切り替える。

 スマホに、組み上げた485系の写真を表示させて、那須野に見せた。


 「言われたとおりにして、塗装してみたぜ」

 「おおこれか。確かに車内が青くなってるな。色味もだいたい変わらないな、うん」

 「スプレーって案外臭いのな」

 「だから、密室で塗ったらダメなんだ」

 「判る。あんなの長時間嗅いでから、鼻がもげるわ」


 スマホ画面の写真を見ながら、うんうんと那須野は頷く。


 「でもさ、こうやって手を入れると愛着もひとしおだろ?」

 「そうだな、特別感が出る」

 「そうやって沼にハマって行くんだよひっひっひ」

 「いきなり邪悪」

 「もっと金を注ぎ込め!」

 「ホビー業界の回し者か」


 くだらない話で授業までの時間を潰し、そして僕たちは学業に入る。磐梯いずみのあの態度だけが、謎として僕の胸に残っていた。




 そして昼休み。




 ダッシュで教室にやってきた磐梯いずみは、僕のぶんと自分のぶんの弁当をドン、ドンと机に置いた。


 「はぁ、はぁ、お待た、せ」

 「そんなに慌てなくても」


 自分の教室から走って来ただろう磐梯いずみは、それでも笑顔を作った。


 「あのね、今朝、私の友達が登校中に、車にひっかけられて」

 「えっ、それ大事じゃないか」

 「そうなのよ。大怪我はしなかったんだけど、頭打ったし検査とかで今週は入院することになって」

 「ああ、頭はヤバいよな」

 「だから、私今週は真一とお昼食べるから」


 え?


 「いや、なんか話繋がってなくないか?」

 「つまり、いつもはその子とお昼食べてたわけ」

 「ふむ」

 「でも今週は私一人になっちゃうわけ」

 「ふむふむ」

 「だから真一と食べる」

 「なんでそうなる。他に友達おらんのか」


 言い出したら聞かないことは判っているんだ。でも抵抗して見せないとどんどん要求が過激化する。だからある程度は抵抗するんだ。


 「いいじゃない、家ではいつも一緒なんだし」

 「そういう問題じゃないだろ。その、目立つのは嫌だって言ってるんだ」

 「姉と弟がお弁当食べるのなんて普通でしょ」

 「姉弟じゃない」

 「だって真一も一人でしょ?」



 「いいえ」



 その声に、僕と磐梯いずみははっと顔を上げた。涼やかな、可憐な、一本ぴんと筋の通った声。


 とん、と机の上にもう一つ、弁当箱が置かれる。


 「松島くん、お昼にしましょ」


 ス〇ブラの紹介ムービーなら、こうテロップが出るだろう。



 蔵王ひかり、参戦!!



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