第18話 構造その2
模型いじりに夢中になっていると、背後から飽きた磐梯いずみの声がした。
「ねーねーつまんないー」
「勝手に来て何言ってんだ」
「構って構って」
「年上の態度かそれ」
しかしこうなると、細かい作業は無理だ。物理的に攻撃される恐れがある。
「判ったよ」
僕は言って、分解されたままの模型をクッキーの空き箱に片づけてから、磐梯いずみの方へ向き直った。
「何がしたいんだ」
「そうねぇ。じゃあ耳かき」
「は?」
磐梯いずみは床に正座して、ぽんぽんとひざを叩く。
「おいで」
「またかよ」
磐梯いずみは基本的にいつも笑っているが、小学校の高学年以降はどうも気分にムラが出ることがあるようで、そういう時は必ずと言っていいくらいに人の耳を掃除したがる。やらせないといつまでも笑顔のまま言動が妖しくなっていくので、適度にガス抜きをさせないとこちらの精神衛生にも関わってくる。
僕は椅子から立ち上がって、いずみの太腿に右の耳をくっつけるように頭を乗せて床へ寝転んだ。
「よろしい」
いずみは梵天付きの耳かきを構えてご満悦だ。この耳かきは磐梯いずみの私物で、僕の部屋に勝手に置いているものだ。撤去すると怒るので、されるがままにしている。
こりこり、そりそりと耳の内壁を耳かきが擦る跡がする。
「ねえ真一」
「……なに?」
「さっき言ってたお友達だけど、どんな人?」
「どんな、って。まあ悪い奴じゃないな」
「はい、反対側」
磐梯いずみが僕の頭を抱えて強引に向きを変えようとする。おとなしく従って、僕の顔面はいずみの腹部を直視する位置になった。
ごそごそ、こりこり。
「よく話すの?」
「ん?」
「お友達」
「まあ、普通かな。休み時間くらいだよ」
「一緒に帰ったりはしないの?」
そういえば那須野を昼食時にも放課後にも、見かけたことはない。あいつ部活でもやってるんだろうか?
「一緒に?なんでさ。一緒になんか帰らないよ」
がりっ。耳かきが耳の内壁をえぐったような痛み。
「痛い痛い」
「あっ、ゴメンね。ふーん、帰ったことないんだ?」
「ないよ」
「ふーん」
ふっ、と耳の穴に磐梯いずみの息を感じた。
「はい、おしまい」
なんだか、耳かき前よりもいずみの態度がおかしくなっている気がする。
「ん?ありがと」
僕は体を起こして磐梯いずみに向き直った。磐梯いずみはその愛らしい頬を膨らませている。
「……変な顔」
「昔からですよーだ」
「何拗ねてんだよ」
「拗ねてないよーだ」
参った。これは完全不機嫌モードだ。こうなるともう、奥の手を使うしかない。
僕は正座をして、太腿をとんとんと叩く。さっきと逆の構図だ。すると、頬を膨らませたまま、磐梯いずみが仰向けになって僕の太腿に頭を乗せる。
そうしたら、僕は右手で彼女の両眼を覆う。これで完成だ。後は、磐梯いずみが満足するまでこの姿勢でいたらいい。
だけど僕は、今日のいずみの不機嫌さを見誤っていた。僕が解放されたのは実に一時間が経過してからであり、その頃には僕の足は痺れすぎていて立つこともおぼつかない状態だった。
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