第16話 思案その2

 僕は蔵王ひかりを伴って百円ショップの店内に入り、DIYコーナーを目指す。コーナーの棚に、一本づつ色分けされた精密ドライバーが六本セットになって、収納ケースに収まっているのが見えた。


 「これだよ」


 僕は一ケース手に取って、蔵王ひかりに見せた。


 「可愛いドライバーね?」


 覗き込んだ蔵王ひかりが微笑みながら言う。お前の方がよっぽど可愛い、くらいに気の利いたことを言う奴もいるんだろうか。もちろん僕はそんなことは言わない。


 「こういうのがあると、模型をいじるのに便利らしいんだ」

 「ふうん」


 蔵王ひかりも棚から一ケース手に取って、上から下から眺める。


 「僕の買い物はこれだけだから、先に買ってくるよ。表で待ってるから、何か買うものがあったらどうぞ」

 「判った、じゃあお店の外でね」


 僕は蔵王ひかりと一度別れてレジに向かう。ショップの店内にはそれなりに客も多いし、誰か知り合いに見られてもまた面倒だと思ったからだ。


 しかしこれが百円で買えるのか。那須野が一セット常備しているというのもなんだか判る気もしたけれど、どう考えても使う場面が思いつかない。


 店の前に停めてある自転車たちの辺りで待っていると、蔵王ひかりがやってきた。さすがクラストップの陽キャ女王はオーラが違う。


 「お待たせ」


 彼女は言って、バッグの中から……精密ドライバーセットを取り出して見せた。


 「私も買っちゃった」

 「えっ?」

 「ふふふ、お揃いだね」

 「そりゃまあ、同じ店だから」

 「これで模型を分解したり、組み立てたりするんだよね?」

 「たぶんそう。僕もまだ、やったことないけど」


 僕と蔵王ひかりはまた、駅に向かって歩き出す。もう後に用事はないはずだ。


 「百円ショップって面白いよね。色々なもの売ってて」

 「最近だと、実用系からホビー系のアイテムも増えてるらしいよ。ドールハウスに使える小道具とか」

 「ドールハウスか。おじいちゃんが集めてたのは親戚が全部持ってっちゃったな」

 「多趣味な人だったんだね」

 「箱庭系が好きだったのよ」


 蔵王ひかりはまた遠い目をした。


 「もう手が届かない何かをそこに見て、そして自分まで遠い所に行っちゃった」

 「そうか」


 それっきり蔵王ひかりは黙ってしまったので、僕も黙ったまま改札を抜ける。


 帰りの電車はそこそこ混んでいた。座席は埋まっているし、立っている人も結構いた。僕と蔵王ひかりは、ドアの前に空いていたスペースに立つ。


 「松島くん」

 「はい」


 どうしても格式張った返事になってしまう。


 「できたら、部活の頻度をもっと増やしたいのだけど」

 「え?」


 すまし顔で蔵王ひかりは言う。


 「あと、鉄道模型のことを教えて欲しいわ」

 「そりゃ別に構わないけど、色々大丈夫なのか?」

 「色々って?」


 僕の脳裏には、蔵王ひかりがいつも囲まれている……侍らせていると言った方が正解かも知れない……男女五、六名の陽キャたちの姿が蘇っていた。


 「その、いつも一緒にいる友達とか」

 「気にしなくていいわよ。あの人たちとプライベートを共有したいとは思ってないし。それから、松島くんも模型持ってるのよね?」

 「あ、ああ。まだ四両だけなんだけど」

 「見たいな」


 じっ、とねだるような瞳で蔵王ひかりに見つめられて、Noと言える男が存在するのだろうか?僕にだってそんなことは無理だ。


 「まだ修理とか色々あるから、終わったら言うよ」

 「そう、楽しみにしてる」


 他愛のない会話の後、蔵王ひかりは電車を降りて自宅へと去る。僕の家はまだ数駅先だ。

 帰ったらまずはカラの弁当箱を磐梯いずみに渡して、後は精密ドライバーを使って模型をいじってみよう。室内パーツをどうするか、考えないと。




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