第15話 思案その1
視線を感じる。
僕は昇降口の下駄箱で、上履きと下足を履き替えながらため息をついた。
「隠れても判るよ」
誰が隠れているのかまでは判らない。でも誰かが隠れているのは判っている。だから、ウソはついていないぞ、うん。
「出てこいよ」
僕はなるべく平坦に言う。敵意を込めてはならないけれど、歩み寄る必要もない。陰キャを待ち伏せなんて、大抵はろくでもない案件だからだ。
おずおずと下駄箱の影から出て来たのは……あの家庭訪問以来、妙に馴れ馴れしい態度になった蔵王ひかりだった。いつも一緒の女子や男子の姿は見えない。
「君か」
「私だよ」
なんだそれ、と僕は思う。どういう返しだ。
「何か用?」
「今日も楽しく部活しましょ」
何を言っているのか、と僕は一瞬固まった。部活なんか入ってないぞ。僕はエリート帰宅部で……
ああそうか、こいつは一緒に帰らないかと言っているんだ。
「友達とは一緒じゃないの?」
「みんなは先に帰ったわ」
「だから僕と?」
「うん」
僕は瞬時に様々な事を考えてみた。メリットとデメリット。メリットは主に僕の内的な……つまり美少女と一緒にいられてなんとなくいい気分になるくらいで、デメリットはそんな様子を誰かに言いふらされたら色々勘繰られ、僕の平穏な学生生活が脅かされるということ。
悩ましい。
「迷惑じゃないの?……その、色々噂されるとか」
「なにそれ」
蔵王ひかりはきゃらきゃらと笑った。
「そんなこと気にするの?なんだか自意識過剰な女の子みたいね」
「いや、僕は君の立場を心配して」
「私が誰と付き合おうと、誰にも何も言わせないわ。友達って与えられるものじゃなくて、自分で選ぶものよ」
「まあ正論だ」
「それに、君と私は同じ帰宅部の仲間のはずよ、相性度九十パーセントの」
何があっても一緒に帰るという、蔵王ひかりの意思は固いようだ。僕はあっさり諦める。
「いいよ、帰ろう。ここで議論しても仕方ない」
「うん」
「帰りに百円ショップに寄りたいんだけど、いいかな」
駅の近くの雑居ビル、一階に百円ショップが出店している。僕はそこに寄るつもりだったんだ。
「駅前の?いいわよ」
こうして僕と蔵王ひかりは、人影の絶えた昇降口を出て駅へと向かって歩き出した。
「あれからね、こまめに掃除するようにしてるんだ」
それはあの電気機関車とレールのことだろう。
「すぐに汚れるのね」
「メーカーからも専用のクリーニング液も出てるんだ。変な臭いがするけど」
「ふうん……後は、使わない時は布を被せて、埃が積もらないようにしたわ」
「そうだね。埃は良くないって説明書にも書いてあった」
しかし蔵王ひかりの意図はなんだろう。僕と帰ることに何か意味があるのだろうか?それともまた模型関係のトラブルでもあったんだろうか。
「松島くんって、あの二年生の人とは幼なじみなんだよね?」
「その話、前にしなかった?」
「ちょっと違うわ」
そうだったかな、良く覚えていない。どっちにしたって磐梯いずみを説明するのは色々と面倒だ。
「幼なじみって、お弁当作るものなの?」
「どうかな。あいつは頼んでもないお節介を焼くのが性分みたいだから何とも言えない。他の幼なじみがどうなのかも知らないから、余所のケースも調べてみないことにはなんとも言えない」
「ふうん」
なんだろう。そう言えばこの間、小さい頃から転校ばかりで、幼い頃からの知り合いなんていないと言っていた。知的好奇心というやつだろうか。
「クラスのやつにも聞いてみたらいいんじゃないか?」
「ううん、いい。それよりほら、百円ショップ。何買うの?」
「ああ、精密ドライバーセットっていうのを買ってみようと思って」
「なにそれ?」
「多分見た方が早いかな」
僕たち二人はいよいよ、百円ショップへと辿り着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます