発動篇

第11話 困惑その1

 僕は困惑していた。


 登校し、自席でトミックスのカタログをぼんやりと眺めていると、当然のように磐梯いずみが教室に現れたのだ。現れたまではいい。


 だけど磐梯いずみは僕の前の席へ後ろ向きに座ると、何も言わずにただ、僕を凝視するのだ。頬を膨らませて。


 「何か言えよ」


 何か不満があるような顔をしたまま僕を見る磐梯いずみ。


 「その席の奴が来たら迷惑だろ?」


 こんないずみは初めてだ。僕の前ではいつも明るい彼女が、あからさまに不満を抱いている。

 ただ、何度問いかけても返事がないので。僕は諦めて再びカタログに目を移した。


 パンタグラフは一箱に二つ入りだそうだ。モハ484は一両にパンタを二基載せているので、一箱あればバッチリということになる。今は台座しか残っていないそれを交換したい。

 今日あたり、帰りに秋葉原に寄って動力ユニットと一緒に買ってしまおうか?ゲームを一本我慢すれば買えるはず。


 しかしお金がかかる。これは全て過去の負債であるのだから仕方ないとは言え、なかなかの出費だ。それでも新品を買うよりは安いのだから、我慢するか。



 「はい」



 磐梯いずみがようやく口を開いたと思ったら、何かをカタログの上にどん、と置いた。


 それは、ハンカチに包まれた角の丸い謎の直方体。


 「なにこれ」

 「お弁当」


 周囲がさわっ、とした。


 「お弁当?」

 「お弁当」


 なんなんだこのやりとり。周囲の視線が集まっているのが判る。


 「お弁当って」

 「お弁当はお弁当よ」

 「いや、それは判るけど」

 「お弁当以外の何に見えるって言うのよ」


 なんで僕が責められているのだろう?異様な会話と雰囲気に、周囲の注目が集まっていくのが判る。嫌だ、目立ちたくない。


 「まあ、弁当だろうね」

 「そう、正真正銘のお弁当。今日からあんたのお昼は私が作るから」


 なんか不機嫌な顔で宣言された。

 僕は通常、お昼代として日に五百円の支給を親から受けている。それでパンなりおにぎりを買って食べているのだけれど。


 「作るからって。もう完成してるじゃん」

 「話が早くていいでしょう?」

 「でも材料費とか」

 「どうせ自分のも作ってるから」

 「……その片は後で協議しよう。ありがとう」


 僕が礼を言って弁当の包みを受け取ると、磐梯いずみはやっといつものにんまり笑顔に戻った。


 「よし、じゃあ空き容器は夜取りに行くからね!」

 「いやそこまでは悪いよ。持って行くよ」

 「そう?じゃあ夜、待ってるね」


 途端に上機嫌になった磐梯いずみは、まるで飛び跳ねるように教室を出て行った。そんなに弁当を食わせたかったんだろうか?


 そして僕は教室での一日を、好奇の眼差しに耐えて過ごすことになった。とほほ。




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