第8話 下校中その2
蔵王ひかりが僕を連れて来たのは、学校から電車に乗って数駅。徒歩で五分ほどの距離にある、豪奢なマンションだった。
「ここは?」
「私の家」
驚く僕を尻目に、彼女はオートロックの強化ガラスドアを指紋認証で開ける。
「さ、入って」
「あ、うん」
まさか、今日初めて口を利いた女の子の自宅にお邪魔することになるなんて、思いもしなかった。
促されるままエントランスへと入る。間接照明に観葉植物。落ち着いた雰囲気が、この建物がファミリー層向けではないと言外に語る。
「緊張しなくていいわよ、私一人暮らしだから」
「いや、むしろそっちの方が」
「ここにはおじいちゃんと住んでたの。でもおじいちゃんが亡くなってね。私が近くの高校に進学することに決まったから、そのまま一人で住むことにしたんだ」
それを聞いて、僕はどう反応すればいいんだろう。上手いこと答えられる奴なんて、いるんだろうか?
「ここよ」
エレベータで数フロア上がった先。階に五つあるドアのうち、真ん中のドアにある鍵穴に鍵を突き刺して、蔵王ひかりは振り返った。
「さ、入って」
「はい」
彼女が扉を開いて中へと消える。僕も度胸を決めて後に続いた。
「お邪魔します……」
モノクロ基調でまとめられた部屋の中はすっきりとしていて、あまり家具はなかった。彼女の見た目からして、もう少し華やかな内装を想像していたのだけれど、フローリングの広いダイニング・キッチンとリビングには、シンプルなテーブルセットと二人掛けくらいのソファが二組、ガラスのローテーブルくらいしか家具が無い。定番の液晶テレビすらない。
いや、あれは。
そんな部屋の中でたった一つ異彩を放っているのは、壁際にある畳二枚分くらいの大きな木製テーブルと、その上へ小判型に敷設されたレールの存在だった。
これは、Nゲージ鉄道模型!
「……僕に見せたかったのって」
「そう、これ。おじいちゃんの形見」
小判型に接続されたレールはエンドレス配置と呼ばれる、最も基本的な構成だ。テーブルの上のエンドレスは最も基本的なもので、ここまで大きなテーブルなど必要としない。
「おじいちゃんは昔、国鉄の機関士だったんだって。定年退職してから色々な趣味に手を出してたみたいでね。亡くなって、遺産の分配があって。他の趣味のものは、よその親戚が持ってったけど、これだけ残ったから、私がもらったんだ」
蔵王ひかりは旧式のパワーユニットに灯を入れる。僕も知識としてしか知らない、緑色の機械。
彼女はダイヤルを静かに右へ回す。レールの上の、ただ一両だけ乗っている電気機関車は、ぴくりともしない。
「……動かないの」
ぽつりと、蔵王ひかりが言う。
「走らせたいの、もう一度」
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