第6話 放課後の教室その2

 「何見てるの」


 その声は、クラスのカースト最上位に定着しそうな美少女……なんだっけ、名前は覚えていない。一週間くらいしか同じ教室にいないけれど、活発で嫌味がなく聡明な子であることは判る。


 僕とは対極にいる人間。周囲から肯定的に受け入れられることを日常とし、成功を約束され、失敗しても許される人間。ザ・陽キャ。


 「模型のカタログだよ」


 僕は答える。


 「電車の模型?」

 「そうだよ」


 この一際目立つ美少女が一人でいるのは珍しい。というか、教室にいる時は大体陽キャ軍団が周りにいて、ネットとか芸能人のゴシップとかスイーツとかイベントとかの話題などで盛り上がっている。


 積極的に話題を他人に振りはいないけれど、それでも受け答えだけで最終的な主導権は必ずこの子が握っている、という印象が僕にはあった。


 近寄りがたいというか、苦手というか。ひっそりこっそり過ごしたい僕にとっては、近づく必要も理由もない子。


 僕はひとつため息をついて、カタログを閉じた。


 「どうして閉じるの?」

 「そろそろ帰ろうかと思って」

 「ふうん」


 彼女はそう言って、僕の目をまっすぐ見た。これが陽キャの目力か……キラキラと光のような圧力を感じて、僕は思わず目を細くする。まばゆい。闇に生きると決めた者が直視してはならぬ太陽。


 「蔵王ざおうひかり」

 「ん?」

 「私の名前。覚えてないでしょ?」


 名前までひかりだった。

 そして、図星を突かれて内心動揺する僕を見透かすように、彼女は続ける。


 「で?」

 「え?」

 「私は名乗ったんだから、君も名乗るべきじゃない?」

 「……松島真一」

 「松島くんか。ねえ松島くん、君って部活とか入らない人?」


 こういう話は面倒だと、僕は過去の経験から思う。理由のない好奇心は、訊かれる側の心へと大穴を穿うがつ。訊かれる側の都合など、そこには存在しない。


 純粋であればあるほどに、それはたちが悪い。


 「そうだね、入るとしたら帰宅部かな」

 「なるほど」


 うーん、と何かを考えてから、蔵王ひかりは笑顔になった。


 「じゃあ私もそうしよう」

 「えっ」


 それまで無表情だった蔵王ひかりが笑っている。可愛い。たぶんあの陽キャ軍団はこの笑顔が見たくて、色々な話のネタを仕入れているのだろう。あわよくば、独占するために。


 「松島くん、さっそく部活しようよ」

 「部活?」


 蔵王ひかりは煌めく笑顔でこう言った。



 「そ。帰宅部なんだもの。さあ、帰ろ」





 そんな僕たちを見ている影があったことを、その時の僕は知る由もなかった。





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