第4話 朝の教室その2
遠慮のない、背中への平手。この攻撃に顔をしかめる僕を、そいつはケラケラと笑って見下ろす。
「朝からなに暗い顔してるんだよ、真一」
「またお前か、
「違うでしょ?磐梯先輩だよ?」
チッチッチッ、と英語教師のように舌打ちして人差し指を振る彼女は僕の一つ上の幼なじみで二年生。この学校では先輩に当たる。
「いずみ先輩でもいいよ」
「なんで毎日来るんだよ……」
僕がこのクラスで微妙に異分子扱いされているのには、僕が陰キャ側である以外にも、この磐梯いずみの存在もあると思う。何が楽しいのか、毎朝必ずこの下級生の教室に現れては絡んでくるんだ。
陽キャ女子が磐梯いずみと接触を試みた際に、僕といずみの関係性はクラスに周知されたのだけれど、たぶん誤解されている。
こいつにとって僕はただ手のかかる弟でしかないし、僕にとっては口うるさい姉でしかない。それ以上の感情はない。
「そりゃ、あんたのお母さんから頼まれてるからね。面倒見てやれって」
「そんな幼稚園の頃の話なんか忘れろよ。もう高校生だぞ」
「昨日の話よ。あんた夕ご飯の後、すぐ寝ちゃったじゃない」
あっけらかんと磐梯いずみは言う。こいつはうちの両親と仲がいいからって、余計なお世話なんだよ。しかも何気に個人情報を公開する。ほら見ろ、噂好きな女子がこっち見てくすくす笑っている。
「いいからもう、自分の教室に行けよ」
「何さ、恥ずかしがることなんてないじゃない」
「用もないのに、下級生の教室に入り浸る先輩が知り合いにいると、すごく恥ずかしい」
「弟の面倒を見るのは姉の義務だよ」
「
こいつには何を言っても無駄だ。僕は諦めて、昨日買って来た鉄道模型のカタログを取り出して眺めはじめる。
「なにそれ?電車の本?」
「そんな感じ」
「真一、電車なんか好きだったっけ?」
「人には秘密ってもんがあるんだよ」
僕はページをめくる。ウェブで最新情報を調べるのもいいけれど、紙の本をぺらりぺらりとめくるこの感覚は捨てがたい。ずしっと重い紙の本にインクの微かな香り。
しかし、カタログが有料というのには恐れ入った。他の趣味もこうなのか?
「ふーん……真一が相手してくれないとつまんないよー」
「学校は遊び場じゃない」
「電車の本読む場所でもないでしょ」
「揚げ足取るだけなら、自分の教室に帰れよ」
「ちぇ、じゃそうしますよ」
口を尖らせて、ようやく磐梯いずみが教室から出て行った。中学の時にはこんなことなかった。むしろ学校内で僕が近寄ろうとすると避けられていたくらいだ。
その分自宅ではいじられていたのだけれど、僕の高校進学以来、その行動は場所を問わなくなった。全く意味が判らない。いったいどこの誰に姉アピールをしているのやら。
「うーす松島」
声をかけて来たのは、同じ陰キャに分類される男、那須野だ、下の名前はまだ覚えていない。巨体を揺すっての登場は迫力満点だ。
「おっす」
「毎朝すごいなー幼なじみ」
「わけ判んねーよな」
「すごい美人じゃん、付き合ってんの?」
「そんなわけないだろ。一方的に絡まれてるんだ」
「ふーん……おっ、それNゲージのカタログ?」
那須野が、僕の開いているカタログに目を付けた。
「そそ、トミックス」
「おーいいね、模型は心を癒やすよな」
そういう那須野は艦船マニアで、部屋には作り溜めた軍艦のプラモが大量にあるんだという。こいつとはジャンルが違うけれど、仲良くやっていけそうな気がしている。
と、その時予鈴が鳴った。
「おっといけねえ、また後でな」
那須野が、そして散り散りだったクラスメイトたちがそれぞれ己が席に戻った頃、担任教師が朝のSHR(ショート・ホームルーム)のために入って来た。
こうして、学業の一日が始まった。
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