第3話 朝の教室その1

 地獄だ、と僕は思った。



 月曜日に登校すると、僕の席を中心にするように陽キャ女子たちが集まって駄弁っている。なんでそこにいるんだ、どうして自分の席に行かない?


 しかし僕は焦らない。全ての人間が悪意で動いているとは限らないし、全ての人間が互いの意図を誤解せずに理解できるとも限らない。こういう時は、無神経かつ冷静に行動するのだ。


 「やあおはよう」


 僕はなるべく平坦に彼女たちに声をかけて椅子を引く。さも当然といった風に、そして君たちに興味も敵意もないよと装いながら席に着く。そう、ここは僕が座るように指定された席。だから仕方ないんですよこれは。


 「あーおはよーす」


 なんだこいつ?的な視線と適当な挨拶を投げながら、陽キャ女子たちは去っていく。それでいい、僕には事を荒立てるつもりは全くない。ここは僕の席なのだから座るのは当然だ。強制的にどかすつもりもない。ただ、考えてくれればいいだけだ。


 それでも僕は心の中でため息をつく。人にはそれぞれ、いるべき場所がある。そのルールを守っていれば余計な摩擦は起きないし、世の中はスムーズに流れていく。

 そう、彼女たちは最初から自分たちの席のそばに集まれば良かったんだ。そしてきっと、今日それを学んでくれただろう。


 陰と陽は交わらないからこその陰陽なんだ。


 そんな僕の様子を、教室の端から見つめる鋭い視線を感じた。目の端で追って見るとそれは……昨日のあいつだった。髪もメイクも昨日より抑えめで制服のブレザー姿だけれど、あの美貌は間違いない。


 昨日、秋葉原で見かけたあいつが今、陽キャに囲まれ楽しそうに駄弁りながらも、何か鋭い視線で僕を睨んでいる。まるで猛禽類が獲物を狙うような目だ。憎しみではない、もっと計算された何かだ。


 僕は気づかないふりをして、バッグの中から教科書とノートを取り出して机の中に入れる。鉄道模型のカタログも一緒だ。これ結構重いんだよね。


 すると突然、僕の背中に鋭い衝撃が走り、何かが破裂するような乾いた音が響いた。


 パアン!


 「いてえ!」

 「おっはよ真一!」




 僕が振り向くと、そこには僕にとっては見慣れた……このクラスの連中からしたら先週ぶりになる、元気印丸出し少女が満面の笑みで立っていた。




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