第2話 秋葉原その2
天国だ、と僕は思った。
さほど広くない店内にはいくつものガラスのショーケースが置かれていて、その中には見たこともないような数の車両セットのケースがずらりと並んでいる。単品販売がメインの機関車や貨車、客車なども、専用プラケースに収まってぴっちりと並んでいる。
お値段は新品よりも少し安い。いや、高いものもあるな……これが噂に聞くプレミア品か。すっごいな、ネットで見た過去のイベント限定品まである。
店の一角にはジャンクコーナーというポップが掲示されている。そこには数人の同好の士が集まっている。僕は後ろから、ひょいと覗いてみた。
なんてこった。
そこには、車両が一両づつ透明なビニールに梱包されて納まっている箱が、いくつもあった。客車、通勤車、近郊・急行型、特急型に私鉄とジャンル分けされたバラし売り。まるで宝石箱のような光景が目の前に広がっている。
目の前の人が何かを手にレジに向かったので、僕は空いたスペースに入り込む。震える手で、手近な車両をひとつ手に取る。
うわっ、こんな風に売ってるところもあるのか。家電量販店やホビーショップでのセット売りしか見たことのない僕にとって、これは初めての経験だ。
手に取った車両は……これはKATOの国鉄103系、モハ102だ。オレンジ色の車体をくるむビニールには、九百八十円というタグがついている。千円で買えるの!?
僕はそれをそっと戻し、特急型の箱に目をやる。クリームと赤の国鉄特急色。クリームと青は寝台特急電車。赤いのは確か九州のやつだ。そして見つけた、僕が買ってもらい再起不能にしてしまったのと同じ、国鉄特急型電車クハ481-300型。値札は千九百八十円。
買える。
心臓がバクバクする。ボディを割ってしまったあれの代わりになる。色も形も持っているものとおんなじだ。国鉄特急色、屋根は銀色。連結器も、僕が持っているのと同じボディマウント形式の連結器だった。
この出会いは偶然なのか必然なのか。動力はまだバラバラで走らせられはしないけれど、あの特急電車を復活させられる第一歩になるぞ。
その時、テーブルの向かいからの鋭い視線に僕は気づいた。なんだろう、と顔を上げてみる。すると、そこにはこの店内には相応しくない……まるで読モのような格好に身を包んだ女の子が、怪訝な顔をしてこちらを見ていたのだ。
僕にはそいつに見覚えがあった。
入学して一週間も経たずして、クラス内でカーストのようなものが形成されつつある。陽キャ共はてっぺんに、そして僕は最下層に位置するスクールカースト。その上位に位置し、教室内の方向性すら掌握しつつある陽キャにして超絶美少女。名前なんだったっけ、覚えてないけど顔は覚えている。
でもなんであいつがこの店に?
他人の空似ではないと思う。服装は派手だけど、たぶん当人だ。断言できるほどに僕はそいつのことを知らないけれど、まず間違いないと僕の直感が告げる。
だが、そんなことはどうでもいい。帰り道のコンビニで、新しいクラスメイトを見かけることだってあったじゃないか。声なんかかける必要もない。ただのモブだ、僕にとってもそいつにとっても、お互いの存在なんて通りすがりの通行人Aだ。
僕は意を決し、クハ481を手にレジへ向かった。
「こちらジャンクですので返品交換はできませんが、よろしいですか?」
「はい」
声がかすれて恥ずかしい。そう言えば、この街に来て半日くらい声を出してなかった。
お金を払い、模型とおつりにレシートを受け取る。ふう、買ってしまった!もらったポイントカードをレシートと一緒に鞄に入れる。そんな僕の胸の中は、興奮で満ち満ちている。
そうだ、僕の鉄道の復活だ。これからまた、鉄道模型をやるんだ。
嬉しさを必死に隠して店を出ようとする僕をじっと見つめる瞳があったことに、その時の僕は気付いていなかった。
早く帰って、今持ってるのと並べたい、それだけしか考える余裕なんてなかったんだ。いやっほう!
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