プロローグその3

 僕の名前は松島誠一。高校一年生だ。

 俗にいう【陰キャ】である。


 クラス四十人に陽キャは男女合わせても十人くらいで、さらに十人くらいは部活に居場所を持っている。そして十人くらいは話す友達くらいは持っている。残り十人が神聖なる真正の陰キャ。僕は後ろふたつのグループの、どちらかに含まれる。


 正直なところ、恋だの青春だのっていうのは良く判らない。他人と判りあうことが大切って言われても、それはどこまで?どんな深さまで?言葉で説明したって誤解される。誤解を解こうとして曲解される。堂々巡りの袋小路だ。


 だったら、必要最低限でいい。中学一年の時に僕はそう決心した。それ以来、陰キャと呼ばれることに対する抵抗感はなくなった。陰だろうが陽だろうが、他人が見て不愉快になる場合もあるし、そんなことをいちいち気にしていては何もできない。



 個人的な趣味の時間は、そんな面倒な人間関係から解放してくれる。それが、僕の場合は鉄道模型だ。


 小学二年生の頃、当時近所に住んでいた子の兄貴が買ったという鉄道模型を見せてもらった。精巧に作られたそれは、その当時僕がまだ持っていたプラレールを遥かに超えた魅力を放っていた。



 レールが、レールの形をしている!!



 プラレールの青いレールは、脱線防止のため実際の鉄道とは似ても似つかない形をしている。でも友人兄貴が見せびらかすそれは、プラのベースに金属のレールが平行に二本敷かれた、まさに【線路】だったんだ。カルチャーショックってやつだ。


 僕はその年のクリスマスとお年玉を合わせるという条件で、鉄道模型の入門セットを買ってもらった。僕だけの鉄道。僕だけの電車。畳一畳に満たない面積だけど、そこには言葉にできない感動があったと思う。単にガキだから語彙が足りない、というのもあったけれど。



 しかし、そこは思慮の浅いガキんちょ。そのうち、メカニズムそのものについての興味を持った僕は果敢にも模型の構造を知るために分解に挑戦し……そして壊してしまった。


 樹脂で作られているボディは簡単に割れ、精緻なハメ合いの部品は欠け、かつて鉄路を自在に走っていた特急電車は物言わぬ骸……いやもともと物は言わないな、つまりは部品の山、残骸になっていた。



 人類は、自らの行いに恐怖した。



 僕は鉄道模型を封印した。これはまだ早かったのだ。人類の手には余る技術だったのだ。さんざん拝み倒して買ってもらったおもちゃをこうも容易く壊したと親にバレてみろ、僕は過去の経験を思い出す。車のラジコンは水たまりを走らせたら動かなくなった。テレビゲームはやりすぎて取り上げられた。全ての結末に、母親からの鉄拳制裁が待っていた。


 だから僕は事実を隠匿した。


 無事だった一両の先頭車のみを机の上に飾ることで、趣味が途絶えていないことをアピールしつつ、全てをクローゼットの奥に押し込めた。



 そう、あの日までは。





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