33、欲しいもの

「硯?」

「僕、習字の先生をやってるんだ」

「なるほど。じゃあこの上ないお土産だね。さすが、即決だ。私はあの頃何者でもなかったからなぁ、あれもこれもいいもので、いくらだって色んなものを見せてくれる、この場所もいい場所で、本当はもしかしたら、帰りたくなかったのかもしれない。帰ったって何にもなかったからね」

 マヨイガはほんと、欲しいものをくれるよね。幽霊さんはそう言って、ほんの小さなため息をついた。

「幽霊さんが欲しかったものは、お友達だったんじゃないの?」

「え」

 ぼくの言葉に、幽霊さんがこっちを見る。ぽかんとした顔に、ぼくは首を傾けた。ら、コロンと転がってしまったので浮き上がる。そうしたら花子ちゃんの手が伸びてきて、ぼくは花子ちゃんの腕の中に納まった。

「ぼく、マヨイガっていうのは追いかけてでも何かをくれる存在だって知ってるよ。幽霊さんはここで死んじゃったけど、人でないものになったわけでもないんだし、マヨイガの性質は続いてるんだと思うよ。誰かを見守るのにとどまってくれてたんなら、それが幽霊さんの欲しいもので、マヨイガの与えたいものなんだよ」

「あ、え、えー?でも、こっちに来るような人とかは全然いなかったし」

「だってマヨイガだって招く基準があるもん。カガミちゃんは置行堀だし、他に人がいたんだとしても、やっぱりここに来てもらう存在じゃなかったら難しいでしょ。だから、ずーっとマヨイガは幽霊さんに何も与えられなかったんだよ。ぼくたちだって、ただのお客さんだもんね」

 だから。

「何なのかよく分からないから、何をしたって不思議じゃないぬっぺぽふさんが、ここに来たんじゃないかなぁ」

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